学歴の何が悪い、でも感謝しよう

前回の「資格を取ろう」に関連するのですが、
ちょっと前から聞くようになったのが、学歴社会の批判というか、
勉強できるからって偉そうにするな、みたいな話。

学力で優劣をつけるのはよくないとか、偏差値で測るのはひどいとか、
んー、って感じですよね。

学力だけで優劣をつけるのはよくないと思いますけど、
一生懸命勉強した人が評価されないのもおかしいですよね。

運動会も一緒にゴールしようみたいな話がありましたが、
じゃあ、運動な得意な子が目立たないように体育の授業できますか?
不得意な子もきちんと活躍できるような体育の授業ありますか?

ある程度の高校に行ってある程度の大学を出て、
それって、それまでがんばってきてことの証だと思うんですね。

その先の1つとしてあるのが「資格」なわけで。

もちろん、資格の話と同じで、その学歴に安住してはいけないし、
それを活かしていかなければならないわけですが。

だから、学歴がどうこう言われたとしても、自信をもって、
何が悪いんだって思えばいいんだよって。

ただ、格差社会という言葉があるように、
人によっては、がんばりたくてもがんばれなかった人もいるし、
お金がなかった人もいるし、親に許してもらえなかった人もいるし、
そういう人がいることは認識しておかなければならないことも事実。

逆に言えば、ある程度の学歴がある人は、
がんばろうと思ったらがんばれる環境があって、お金があって、
そういう周りのいろいろ人に恵まれたってこと。

それを感謝しないといけません。

例えば、自分は中学校は公立に行って、塾にも行ってませんでした。
塾は勉強ができないやつが行くものと思っていたわけだし。

そのまま高校も公立に行って、できれば大学にも行ければいいかなと。

そしたらある時、母親がどこからか話を聞いてきて、
大学に行きたいなら私立に通わせた方がいいし、付属もいいし、
そのためには塾に行かないと難しいんだよって。

わが家の誰もそんなことは知りませんでした。
多少の学力があれば、普通に東大なんていけると思ってたし。

だから、その近所の誰かが母親に話をしてくれなければ、
自分は塾に行かなかっただろうし、公立の高校に行っただろうし、
それから大学には順調に入れなかったかもしれないし。

中学受験をして、大学の付属校に入って、そのまま有名大に行って、
それは本人が小学生の時にしっかり頑張ったからなんですけど、
周りがその後押しをしてくれたからなんですよね。

そんな環境にない人なんていくらでもいて、地方の人なんかはなおさらで、
だから、そこのところは忘れてはいけないよって。