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伊藤佑輔作品集2002~2018

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2002年から2018年にかけて書いた詩や小説やエッセーなどをまとめたものです。 ↓が序文です。参考にどうぞ。https://note.mu/keysanote/n/ne3560… もっと読む
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記事一覧

伊藤佑輔作品集2002~2018 序文1

はじめまして。伊藤佑輔と申します。 ご覧いただいてありがとうございます。 このノートでは、さしあたっては今までわたしが書いてきた詩や小説やその他の文章を公開していきます。 18歳ごろから35歳の現在までに折に触れて書いてきた内容ですね。 ずっと書き溜めていて、一部は雑誌に投稿したり、ネット上に公開したものもあったのですが、色々思い入れもあり、いつかどこかでまとめてどこかで公開しようと思っていました。 昔書いたものほど、今ではもう書けないなと思います。 作ったものに人間性が

序文2 なぜ書いてすぐ発表しなかったか。

これは前回の記事の補足です。 なぜ書いてすぐ発表しなかったか、ということについて書きましょう。 これは実は正確な問いではないですね、実際、最初に書いた通り、過去にネット上に発表したり、冊子に書いたり、原稿として発表したものもあります。すでに閉鎖したブログに書いたものも、音楽に合わせて、ポエトリーディングで朗読したものもあります。 とはいえ、発表されなかったものの方が多いです。 理由はいくつかあります。 一つは、発表するためというより、自分自身の精神的な安定や楽しみの

序文3 一部の作品での語り手について。

この先で公開しているわたしの書いた詩(行分けしたものも散文詩も含めて)の中には女性の立場で書いたようなものが色々あります。それについて少し補足したいと思います。 わたしはとりあえず自分のことを男性だと考えています。異性愛者ですね。しかしながら何か架空の女性の人物になって書いた作品がわりとあります。これは自分かというと違う気がしますし、他人というと違う気もします。 自分の感じていることを、自分から適度に距離を持った立場から書くと、かえって書きたいことを書きやすい、と感じるこ

詩 A Shadow Of The Reverie(2002年)

それは僕に憑り付いていた 不可解な夢を見せながら すべてが奇妙だ それが僕の中にあるときはいつも 僕はひどく乱されていた 冷たさを保とうとしながら 僕はそれに言った それのために歌った これは僕の期待していたことなのか こうなる事が決まっていたのか   忘れられた記憶を忘れるために 認識作業を組み換えている ある日僕はそれと出会った 僕は動機付けされた機械に過ぎなかった 不都合な体験を隔離するために 僕は自分の欲望を愛していた 戸惑うことを知りながら 僕はそれに言った いる

詩 夢(2002年)

時に養われたまま生きている  期待でできた 夢の臓腑が きみの伴侶になった 昨日の果てで これから先へも 崩れ落ちていく昨日の果てで その半身だけに眩い化粧を施して  それはきみのそばまでやって来た きみのそばまで きみは毎日のように 裏切られたままそれと出会った 気付いたときにはもうそこに降りている 数え切れない約束の中心 眠りから目覚めた場所にある静寂の裏側 強く透き通った陽射しが  夢遊病に取り憑かれた街並を浮き彫りにさせて その奥で次第に引き延ばされていく菫色の黄昏

詩 昨日(2002年)

乾いた冷気が地上の水気を蒸発させて 過ぎ去っていく無数の鏡像が  干上がった大地に亀裂を生みだす いくつもの幻によって追放された舞台俳優が 開けた深みの果てない闇を 往くあてもなしに歩き回っている 左手に残った憎しみを 白い浅瀬に置き去りにして 引き離された上空の 黒い水底に沈んだ左手は 過去の中から激流の音楽を再生させながら 気化された命令のように みるものすべてに拡散して 彼を鉄枷の嵌められた生き物に変えてしまった 昨日は 世界で最も高いところで分解した虹色のなか 水

小説 歌のうまい女(2003年)

 すべての存在の層にあるプラットフォームの片隅で、清掃作業者たちが風に転がる紙くずたちを片付けていく―彼らはみんな同じ顔つきをしている。まったく同じ作業服を着ている。みな背が低い。みんな小人のようだ。俯きかげんに、ちりとり片手に小走りしていく。 「歌のうまい女が歌を歌った。だれにも聴こえない歌を。誰にもきこえない歌を歌っていた。彼女は自分が歌を歌っていた事を知らなかった。だが耳のよい人々たちは知っていたのだ―彼女が何かを見つけた時に、彼女に歌が拡がった。そしてその歌は他のど

小説 宝石箱の住人(2003年)

 こうして彼は彼女の指を切り落とす。まるで銀の針金でできた女の指が水銀のように融けていき、そこからサファイアでできた植物が生えていく。それはそのうちちいさな黒い実をつける。男たちはその果実を食べて、その全身を真っ赤なルビーに宝石化させる。すると宝石箱全体が光を放ち、伯爵夫人はその光を浴びることでその若さをたもっていく。  このような生態が伯爵夫人の宝石箱の中にある硝子のジャングルにおいて観察されている。だから彼女の誘いに乗ってこの宝石箱の中を覗いてはいけない。もしもあなたが

小説 庭園で(2003年)

 彼は空想の贋金製作者たちの機械が心の中に揺らめき立ちのぼっていくのを感じた。彩色された観念の動物園が口をついては飛び去っていく。かすかに甘い、花々の香りをとじこめて、さまざまな色彩の音楽が、風に運ばれ流れきていた。風は自分自身を愛していたので、あらゆる生きとし生けるものたちに自分の酷薄さを教えなければ気がすまなかった。  古い宮殿の崩れた石柱にもたれて、陶器でできた二足歩行の猫たちが、深い翡翠色の両目を光らせて―しゃぼん玉を吹いていた。その酷薄な―繊細で充分によく制御され

小説 蛇をテーマにした3つの短編 (2003年)

1 喫茶店の蛇 僕はペン先を休める。疲労のあまり僕はペン先を休める。するとその青い万年筆は揺らぎだし、子供のころに町はずれの道路で見た百足のように蠕動をはじめて、ついにはペン先は毒針を秘めた蠍の尻尾になって注射針のように僕の手首の青黒い静脈を突き刺した。すると僕の静脈は山脈のように、地殻変動による造山運動のように隆起し、蛇のように乱暴にのた打ち回ったと思うや、一瞬にして僕の腕全体に広がった。するとそのまま僕の右腕はうろこ状に真っ黒になって勝手に動き始め、体全体が一匹の黒い蛇に

散文詩 工場の壊滅について(2004年)

地球上を何千キロメートルにもわたって建設されている工場の中で彼は働いていた。あまりの抑圧に彼は昏倒し、疲労が脳味噌を混濁させる。彼は働いている群集の中で発狂する。 退屈、退屈、命令、服従。 工場は不眠症に罹った滝のようだ。 工場はどろどろの規則のようだ。 工場は錆びたブロンズ色のタイムカードみたいだ。 工場は茶色い機械油の焦げていく臭いだ。 工場は切断されていく神経の手首だ。 交代制で侵入してくる無神経と薄紫に固まっていくセメントの想像だ。 工場はセメント作りのパン生地。

詩 雨(2004年)

降っている雨が窓辺をぬらす夜には 人工のひなたで影絵遊びを繰り返している やってくる水の群集は地面を激しく叩きつけている そういう風に雨は地上と会話する お互いに自分たちの歌を歌い上げると そこから新しい音楽が生まれでていく きみにはそれが聴こえないから 一秒ごとに感じ続けていることができる 影の国からの歪んだ幻のアラベスクが 白い空想の表面に刺繍されていく 音のない歌が口をついては飛んでいく どんな色をも反射することができる透明でできた生き物が 複雑に織られた街角の上で曲

詩 境界線で(2004年)

その中心に穴を開けられたまま きみは橋の上にたたずんでいる 欄干に手をかけたままむこうを視ている 音も立てずにゆっくりと その手を少しだけ伸ばすと 雲の上には幾千ものひびがはしる その夜の中には無数の雪が舞っていてこちらを見ている 黒い神経繊維の渦に 深くかたどられた夢のなか 分解された物音の幻が移動する きみのなかにあるたった一つの命令 多分ぼくたちと同じように きみはそれに従い続ける そうすれば白く降っているものと一つになれる もう輪郭に脅かされることもなく 同じ名詞の

詩 口述筆記で(2004年)

口述筆記で空に刻んだ譜面からその眼の中に 一つの対位法をとって 次々に新しい色彩が流れ出ていく 彼女はテーブルの上に頬杖をついて 微笑みながら耳を澄ましている 色褪せた蜃気楼のように何かが浮き上がる それを受け止めているきみの背後で 水とは別のもので満たされた海の残響と一緒に 口にされることのないものが  感覚だけの悲鳴をあげる 型どおりの挨拶をしてぼくたちは別れる 遠くで何かを囁いている声たちの隙間から 過去は淀みなく溢れ出ていく きみを循環しているあらゆる液体と混ざり