【小説】雨宿りには白昼夢

憂鬱なのは雨のせいではない。
憂鬱なのは糞に似た人生のせいだ。

こんな日はどこかで一杯ひっかけよう。
折り畳み傘を開きながら決めた。

郊外の小さな駅ではあるが、家までの道すがらにはちらほらと赤提灯もある。

傘を打つ雨音のリズムは忙しない。
むしゃくしゃした感情をもう一度手にとって確かめる。

半年に及ぶ離婚調停で疲れきっているところにもってきて、今日は会議で部下と衝突した。
「和泉さんのやり方は古いんですよ」
という言葉が脳裏に張り付いて離れない。
新人の頃、箸の持ち方から教えて育ててやったと思っていたが、あのハナ垂れも偉くなったものだ。

あぁ、考えるのはやめだ。飲もう。
現実に蓋をするべく歩みを早める。

そうだ、たまには通ったことのない道を歩いてみよう。
目先を変えると気持ちも晴れるかもしれない。

路地裏逃避行

水溜まりを避けながら、いつもの家路を外れて曲がったことのない角を曲がる。

へぇ、こんなところにトンカツ屋があったのか。
休みの日に訪ねよう。
こっちにはペットショップか。
今度ゆっくり癒されに来てみよう。

なるほど、大通りから一本入っただけで新しい発見があるもんだな。
道草も意外と美味しいじゃないか。

それはそうと、どこか入りやすそうな居酒屋はないものか。

すると左手に、車が1台通れるくらいの細い道が現れた。

いかにも路地裏といった雰囲気の小道には、そこだけ昭和で時が止まったかのような哀愁が漂っている。

お?こんなところにも路地があるのか。
随分寂れているな。

せいぜい20m〜30mくらいの直線道路は舗装が行き届いていないのか所々大きな水溜りが出来ていた。

まるで今の私の心情を写真に収めたような情景だったが、そこに心がシンクロしたのか吸い込まれるように路地へと足が向いていた。

決めたぞ。今日の居場所はこの路地から選ぼう。営業している店があればの話だが・・。

曲がり角にあるタバコ屋に店番らしき人影は見えない。
向かって右側にはアパートや古いビルが並ぶが、幽霊が集会所に使っていそうな外観をしている。
左側にはかろうじて店舗らしきものがぽつぽつと軒を連ねているようだった

タバコ屋から空き地を挟んで最初の店舗はスナック「あじさい」というらしい。年季の入った看板がかろうじて店名を示している。
まだ6時半とあって開店前のようだ。

その隣のビルの1階には居酒屋「河童」
中を覗くと店主がタバコを吸いながら野球中継を見ている。こんな店も悪くないな。

ただ小路の他の店も気になる。もう少し向こうの方まで見てきて、いい店がなければここに戻ってこよう。

居酒屋河童の隣のビルは建っているのがやっとといった佇まい。1階は空きテナントとなっている。

その隣には木造の小さな店舗跡。今は建物というよりオブジェに近い。

空き地を通り過ぎ、次の建物の前に来ると、すぐに違和感に気づいた。

小洒落た雰囲気の小さな木造店舗は明らかに他より新しい。

雨の日のタイムパラドックス

暖簾にはモダンなフォントで「おそば処 雨宿り」とある。
蕎麦屋のようだが、随分変わったネーミングだ。

昭和な小路に突如姿を現したモダンな蕎麦屋を前に、気づけば足が止まっていた。
タイムスリップを繰り返したような奇妙な感覚に惑わされたのかもしれない。

酒を飲もうという決意はどこかに消えて、この店に対する好奇心に取って代わられた。

出会った日が雨という偶然も洒落ているじゃないか。

傘を畳んで仕舞い、肩の水滴を手で払い、暖簾をくぐり引き戸を開ける。

店内にはカウンターが4〜5席と4人掛けテーブル席が2つ。
「昔ながら」とアンティークなデザインが融合した可憐な雰囲気が心地よい。

「いらっしゃいませ」

透き通った声をかけてくれたのは厨房で湯切りをしている様子の女性。
40代前半くらいだろうか、割烹着に包まれた姿は、しっとりとした美人という雰囲気を纏っている。
他に従業員は見当たらないので、この人が店を一人で切り盛りしているのかもしれない。

お客さんはカウンターの一番手前の席に一人だけ、言っちゃあ悪いが寂れた小太りの中年男性が、しわくちゃのスーツで夢中にそばをすすっていた。

随分うまそうに食うなあ。

感心しながら、男性と反対側にあたるカウンター奥の席に腰をかける。

柔らかく沈むような感触に少し驚いた。椅子にもこだわりがあるらしい。

なんだか内装の雰囲気だけで腹が減ってくる。これは良い店だと直感が告げていた。

「注文が決まったらおっしゃってくださいね。」
心地よい音色で女店主が声をかけてくれた。

癒し系蕎麦屋という陳腐なキャッチコピーを考えついたが、そんなことより注文だ。

これまた小洒落たメニュー表には「ざるそば」「かけそば」「かしわそば」「天ざる」「天ぷら盛り合わせ」の5行が記されていた。
昨今の蕎麦屋にしては少ないメニュー数だが、店主一人でやっていくにはこれくらいが適度なのかもしれない。

「かしわそばをお願いします。」
厨房の女店主に告げ、セルフサービスのお茶を入れて微睡む。

疲れた心身に程よい温度が染み渡る。

外の音から察するに、雨脚は強くなっているようだ。

しばらく待つと、女店主がお盆にそばを乗っけてやってきた。近くで彼女を見ると多少のシワが見て取れたが、その曲線も美しく、とても日本的な佇まいが逆に異国情緒を感じさせた。

ファンタジック雨宿り

「お待たせしました。かしわそばです。」

微笑に心奪われそうになるのをかき消すように「ありがとうございます」と余所行きの音階で答えた。

テーブルに置かれたかしわそばは、ざるそばを出汁につけて食べるタイプのものであったが、オーソドックスなかしわ蕎麦だった。

そばの太さも、艶やかな見た目も、良く言えば慣れ親しんだ、悪く言えばなんの変哲もないかしわそば。

味もきっと良い意味で想像の範疇をはみ出さないだろう。
それくらいのハードルで一口目をすすってみた。

雨は一層強くなっている。

なんだ、これは・・。

うまい。うまいぞ。

歯ごたえやコシに個性がある訳ではない。汁もこれと言って特徴は感じない。

なのに何故なのだ。この幸福感は。とにかく美味しくてたまらない。

すする度に憂鬱は消え去り、満たされていく。

鶏肉もまた最高に美味しい。

今まで一通りうまい料理は食べてきたつもりだったが、こんな身近なところにこれほどまでに美味しい店があったのか。
何故客が一人しかいなかったのか、疑問を通り越して憤りさえ感じてきたぞ。

やがて私は、心の穴を悦楽が埋めていくのを感じ始める。
ファーストキスのような、いやもっと直接的な快楽、そう夢精に近い制御不能な快感だ。

あっという間だった。
一心不乱に、まるで1週間ぶりに食事にありついた男のように汁の一滴まで平らげてしまった。
その様はダンディズムとは程遠い恥ずかしい姿だっただろう。

生きる歓びというものを思い出させてもらった。
そんな形容も大袈裟でないほどに私は満たされている。

しばらく呆然と座り尽くした後、勘定を済ませようと立ち上がる。

いつのまにか中年のお客は消えていた。男性が店を出たことにも気づけないくらい食事に集中していたというわけか。

「ごちそうさま。本当に美味しかったです」

「あら、ありがとうございます。だいぶお疲れのご様子だったので、召し上がっていただいた後の表情を見て安心しました。」

「あぁ、顔に出ていましたか。失礼しました。でもおかげで癒されました。これほど美味しいそばを食べたのは初めてです。」

思わず本音がこぼれる。

「嬉しい限りです。」

聖母が再び微笑を見せる。
私はどぎまぎとした内心を悟られぬよう勘定を済ませて店を出た。

去り際に「また近いうちに食べにきます」
と伝えると、女店主は微笑を深めて何も言わずにお辞儀をしていた。

外へ出る。

雨は何事もなかったかのように路地を叩き濡らしていた。

イル・ビジョン

5日が経った。

私は例によって疲弊していた。

会議続きだったことに加え、このところの暑さと突き刺すような陽射しが拍車をかけたのかもしれない。

改札を出たのは7時過ぎ、あの蕎麦屋はやっているだろうか。

やっとあのかしわそばを啜れるかもしれないと思うと胸が踊った。

残業続きで叶わななかったが、本当は翌日すぐにでも再訪したかった。

それほどに「雨宿り」のそばが脳裏と舌の記憶から離れない。

早足で大通りから鋭角に道を逸れる。

トンカツ屋にペットショップ。行ってみようと思いつつ行けていないな。

そして左手の路地に入る。

相変わらずの哀愁を帯びた小路。
前回と異なるのは水たまりが無いことくらいか。
やはり人っ子一人歩いちゃいない。

角のタバコ屋も前回と同様に店番の姿は見えない。

歩くスピードが増していく。

スナックあじさいはこの時間でも営業前の様子。
居酒屋河童を通り過ぎて古いビル、店舗跡、空き地を横切る。

よし、着いたぞ。

・・・・。

・・と、おかしい。

あの蕎麦屋はどこだ?

道は間違ってないぞ。場所もあっているはずだ。

無い。無い!

おそば処雨宿りが無い!

あの蕎麦屋があったはずの場所には古びたビルが悪びれもせずにそびえ立っている。

バカな。私の頭が暑さでどうかしてしまったのか?
だが道順は覚えているぞ。

この短期間で蕎麦屋は潰れて、ビルが建ったというのか。
しかも鉄が錆びるほどに老朽化までして。

どうなっているんだ・・・。

事態を飲み込めないままに、私は立ち尽くした。

いよいよ頭がおかしくなったのか。心の病には幻覚が見えるものもあるという。

確かにあの蕎麦の味は現実離れしていた。

しかしあの鼻にツンときたワサビや汁の温度まで幻だったのか?
1000円の支払いも確かにしたはずだぞ・・。

とは言え目の前の古ビルも幻には見えない。
「テナント募集」の張り紙と連絡先はこの界隈でよくみる不動産屋のものだ。

疑問符が頭を駆け巡る。

嘘みたいな事実を受け入れることができず、混乱が頭痛を引き起こした。

そして、楽しみにしていたかしわそばにありつけなかったショックは私から生気を奪った。

結局その日私は、この狐につままれたような奇妙な体験を誰にも話すことなく家路についた。

妄想かイリュージョンか

翌日も、その翌日も路地を訪れたが、やはり古いビルが無情に建っているだけだ。
よく考えてみるとおそば処雨宿りよりもこのビルの方が周囲の風景に溶け込んでいる。

やはりあの日の蕎麦屋が妄想の産物だったのかもしれない。

居酒屋河童、スナックあじさいと路地を戻りながら支離滅裂な現実をロジックで因数分解したが、それが意味のない試みであることもなんとなく察していた。

退屈を着こなした絶望

私はだんだんとあの蕎麦の美味を忘れ、また退屈に忙殺される糞に似た人生へと舞い戻っていった。

当たり前のように仕事に追い回され、当たり前のように世代交代の波に飲まれながら、当たり前のように崩れていく当たり前の日常。

やがて今年も当たり前のように梅雨がやってきた。

先日の調停で、円満な離婚が決定した。結婚から20余年。
円満と名付けるにはあまりにも哀しい終幕だった。

残りの人生の中に意味を探してみる。
ただ果てしなく広がる灰色の空間に、絶えず心臓を突き刺す秒針のメトロノームが置いてあるだけだ。
それが私の人生の残片なのだ。

そしてだからといって絶望すらも感じないほど、精神は愚鈍に麻痺していた。

その日私は闇雲に歩いた。歩いて歩いて、何かを振り切ろうとした。

桶をひっくり返したようなとはよく言うが、この日は湖をひっくり返したようなざんざん降り。

傘からはみ出た肩を濡らし、革靴に染み込んだ水分を踏みしめて、歩き続けた。

当然「何か」を振り切れるわけはなく、そもそも振り切るべき「何か」すら見失っている。

ふくらはぎの張りを感じた頃、私はあの路地を歩いていた。

無意識に流れ着いた路地は私を落ち着かせた。タバコ屋には人影はない。

あじさいはやっぱり開店前で、河童も本日は定休日のようだった。

空きビルと元店舗を通りすぎ、空き地を横目にあのビルの前に着く。

・・・?

ビルがない。ビルがないがそこには、1階建の木造店舗が・・。

モダンな暖簾とわずかに溢れる店灯り。

やってる!雨宿りがやっている!

思わず飛び出したすっとんきょうな声が横丁に木霊する。

おそば処 雨宿り

日本笠をあしらったユニークで上品なロゴ。間違いない。あの蕎麦屋だ!

私は飛び跳ねるように入り口に近づくと、何も考えず傘を畳んでのれんを潜っていた。

夢でも幻覚でも構わない。あのかしわそばを食べるのだ。

再会の雨宿り

「いらっしゃいませ」

前回と一寸違わぬ透き通った声は安堵の音色。

お客は三人。

カウンターで蕎麦湯を飲んでいる初老の白髪男性と、ざるそばを啜りながら天ぷら盛り合わせをシェアする若いカップルがテーブル席に一組。

三人とも一呼吸分だけこちらへ視線を向けたが、すぐもとへ戻した。

前回と同じカウンター席に腰掛けて、女店主にかしわそばを注文する。

聞きたいことや伝えたいことがたくさんあったが、なぜだか言葉にする気にはなれない。

聞いてはならないような雰囲気が漂っていたこともあるが、それよりもとにかく、一刻も早くあの蕎麦をすすりたいという高揚が心を支配していたのだ。

今か今かと、少年のようにそわそわと落ち着きなく、その時が来るのを待った。
永遠にも感じられる空白を埋めるように何度もお茶に手を伸ばす。

途中、初老の男性か「美味しかった。また近いうちに来るよ」と厨房へ声をかけながら立ち上がった。
常連なのか、レジの横に千円札を置いて戸を開ける仕草には手慣れが見てとれた。
「ありがとうございます。」
女店主が後ろ姿になった男性に微笑を送る。

カップル達はというと、最後に残った舞茸のてんぷらを箸で二人分に分けているところだ。

てんぷらも頼んでみれば良かったか、などと考えつつセルフサービスのお茶を注ぎ足す。

またしばらく、そわそわ。

貧乏ゆすりを、かたかた。

絶え間なく分泌される唾液を7回飲み込んだ直後にかしわそばが届けられた。

なんの変哲も無いかしわそば。

私は食らいつくようにそばを貪り肉を噛み破る。

一心不乱に。

無我夢中に。

砕けた心が一つに戻る。夢精の悦びが魂に宿る。

この高揚を例えるなら馬がペガサスに変身した瞬間だろうか。

真の幸福感というものはこのように貪るものなのだ。

呼吸よりも食事を優先する歪な醜態を晒すこと十数分。

かしわそばは跡形もなく器から消えた。

私は前回以上の充足感に浸っていた。

放心状態でこの食事に感謝する。
今日このそばを食べなかったら、もうダメだったかもしれないからだ。

そして再確認したのだが、この幸福は決して幻覚ではない。
そばも鶏肉も物質として存在していた。3人のお客さんも幽霊じゃない。
私は統合失調症ではなかったのだ。

仮説を立てよう。仮説というより真実に近いであろう確信だ。
この蕎麦屋の店名は「雨宿り」
初めてきた時と今回で共通するのは雨の日という点だ。

つまりこの店は雨の日にだけ現れる蕎麦屋なのだ。

晴れの日にはどういうわけかビルに姿を変えている。

お客さんもそのことを知っている。
知っていて雨の日にひっそりこの幸福のそばを食べに来るのだ。
きっとそうに違いない!

私は世紀の大発見をした科学者のようにほくそ笑む。

「ごちそうさま」と女店主に声をかけ勘定を済ませた。
核心に触れるような野暮なことは何も言わない。
きっとそれが雨宿りに集まる紳士の嗜みだからだ。

「近いうちにまた来ますね。」

私が言うと、女店主は微笑を深めて何も言わずにお辞儀をしていた。

帰り道、雨の音や水たまりがとても愛しいものに感じられた。

雨の日の蕎麦屋

私の仮説は概ね当たっていた。

そば処雨宿りは雨の日になると店を構え、晴れの日は姿をくらませた。

なぜなのか、など不毛なことは考えても意味がないことに感じられた。

私は気にしたことのなかった天気予報を逐一チェックするようになる。
そして雨が降ると必ずあの路地を曲がった。
生まれて初めて梅雨が好きになった。

かしわそば以外のメニューもすべて食べてみたが、どれも最高だった。
現実は相変わらず憂鬱だったが、雨宿りの蕎麦が全てを癒してくれる。

お客さんは大体決まっているようだった。初日に見かけた中年男性、ダンディな初老の男性に若いカップル。
その後老若男女数人を見かけたが、私も含めて常連は10人前後だろう。

女店主は「いらっしゃいませ」というお出迎えと、取り留めのない静かなやりとり以外は何も語らず黙々とそばを作る。
私たちも何も語らない。客同士で話すこともなく、どこから来てどこへ帰っていくのかも知らない。

そんな雨宿りの雰囲気が、たまらなく心地よかった。

私たちは教祖にすがる信者のように、あるいはドラッグに群がるスラムの若者のように雨になると雨宿りのそばをすするのだった。

そして夢の世界とリアルを往復するような刺激的な6月も最終週となった。

虹を渡るとき

その日は雨がぽつぽつと降ったり止んだり、中途半端な天気だった。

どうだ、今日は雨宿りやっているかな?

期待と不安を両方抱えて路地を曲がると、営業中だったのでホッとする。

引き戸を開けて中へ。

「いらっしゃいませ」

いつもの透き通った声だ。

珍しく客はいない。みんな今日は営業していないと読んだのかもしれない。

得をしたような気分でかしわそばを注文して、呼吸も忘れて貪る。

ああ、私はこの瞬間のために生きてきたのだ。

「ちょっと宜しいですか?」

「!?」

むせながら顔を上げるとカウンター越しに女店主がこちらをみていた。とても切ない表情を浮かべている。

店主から話しかけられたのは初めてのことだ。

そばをお茶で流し込んでから「なんでしょう?」と返事をする。

「もうすぐ梅雨が終わりますね。」

「ああ、そうですね。寂しくなります。」

意味深なセリフになってしまっただろうか。だが本心でもある。

「今日の天気はとても曖昧でしたね。」

吸い込まれるような瞳には、天気以上に曖昧な光が灯っている。

「確かに降ったり止んだり。はっきりしない天気でしたね。」

どこまで核心に触れていいのか分からず、お茶を濁した。

「もう少しで雨が止みます。」

女店主は私を見つめてはいるが、遠くを見ていた。

「天気予報では不安定な天候が続くと言ってましたよ。」

「いえ、もうしばらくすると雨は止んで、今日はもう降りません。」

「分かるんですね・・。」

「ご存知でしょう?雨が止むと・・」

「はい。このお店は消えてしまう。」

「そうです。ですから、雨が止む前にお店を出てください。

真剣な眼差しに絡め取られ、全身が硬直した。

「お店から出ないとどうなるんですか?」

「・・・。」

本当に沈黙の似合う女性だと、こんな状況なのに見とれてしまう。

「私も消えてしまうとか?」

「あなたが消えることはありませんが、二度とあちらの世界には戻れなくなります。」

「戻れなくなるとどうなるのです?」

「ずっと、こちらの世界。雨の世界の住人にならなくてはいけません。」

雨音は聴こえない。じきに雨が上がることは私にも分かった。

「時間がありません。どうするのか早く決めてください。」

「分かりました。」

蕎麦湯を飲んで、一呼吸置く。

私はどういうわけか微笑んでいた。

雨は上がり、やがて大きな虹が掛かった。

虹は梅雨の終わりと夏の始まりを交差させてしばらくすると見えなくなった。

#雨の日 #小説 #短篇 #物語 #虹 #雨 #路地裏

2017 6/30追記

ハッシュタグ企画で選んで頂き感無量です。

記事内で使用しましたおそばの画像は、仙台にある「三次郎」さんという名店のかしわそばです。とても美味しいのでお近くの方はぜひ^^

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

18

小説

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。