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「デコン」時代の残り香をたずねる(その①:ザハ・ハディドの初期作品)

えらく唐突なのだけれど、今日は僕のちょっとした宝物を紹介したい。それは「建築トランプ」(商品名:PLAY ARCHITECTURE)。名前のまんまであるが、一枚一枚に建築が描かれたトランプだ。10年前くらいに買ってから大事にしている。渡米時の数少ない携行品に加えたくらいで、我ながら相当気に入っている。宝物とは言ってみたものの、今でも普通にamazonとかで買える模様。

このトランプで僕が好きなところは、その編集ルール。まず、4つの絵柄のそれぞれは、近代以降の時代区分に対応している。例えばスペードはモダニズムで、ハートはポスト・モダニズム。そして、J・Q・Kについては「特別枠」で、時代を代表する建築家が絵柄になっている。モダニズムのキングは、もちろんル・コルビュジェだ。似顔絵はみんなエスプリが効いていて、なかなか秀逸。例えば、ダイヤの王様であるガウディ。王冠がサグラダ・ファミリアを模しているだけでなく、まだ工事中ってことでクレーンが乗っかっている。うーん芸が細かい。

(「特別枠」のJ・Q・Kたち。全員分かりますか?解答は記事の最後に。)

今日注目したいのは、第四の時代とされている、クラブの絵柄だ。ズバリ、それは「デコン」。プレモダン、モダニズム、ポストモダニズムと来て、その次のエピックになるのはデ・コンストラクション(あるいはデ・コンストラクティビズム)だと、このカードが作られた頃は見做されていたのだ。

トランプの絵柄が語るように、デ・コンストラクション全盛期、その牽引者とされていたのは、ベルナール・チュミであり、ザハ・ハディドであり、そしてピーター・アイゼンマンといった面々。2010年代も終わろうとする今から振り返れば、結果として彼らは沢山のアンビルト計画案と、それに比べれば少ない実作を残した。何人かの例外は、現代建築のリーダーとして見事に成功し、今でも世界中で作品を発表している。"Q"のザハ・ハディドはその例外の一人だろう。

だが「勝ち組」になった彼女らとて、「デコン」勃興当初の理念は、最近の作品からはとっくに漂白されている。思想云々ではなく、造形のブランド価値がクライアントに選ばれる大きな理由となっているのは、隠しようもない事実だろう。

そんな感じで、前回の「ロバート・ヴェンチューリのポスト・モダニズム巡り」と同じく、早くも隔世の感があるデコン建築の時代。上述の通り、全盛期の雰囲気を伝える実作も決して多くはない。だが、世の中には奇妙なことがあるもので、アメリカには彼らの作品が集まっている街がある。どこかというとオハイオ州の2つの街、シンシナティとコロンバスだ。

ローゼンタール現代美術センター

先述したように、「デコン」建築家のなかで最も成功したのはザハ・ハディドだろう。しかし、国立競技場の騒動で広く知れ渡った通り、彼女はかつては「アンビルトの女王」と呼ばれていた。スタジアムをめぐる経緯・そして彼女の急死という事件を経た今、この呼び名も苦々しい記憶を思い起こすばかりだが、実作に恵まれない時期があったのも事実だ。

初のパーマネントな実作がヴィトラの消防署(1993竣工)なのは有名だが、それに次ぐ期間の実現作が、シンシナティにあるこのローゼンタール現代美術センター(2003竣工)。

現在のザハ事務所の建築といえば、官能的な曲線造形がそのシグネチャーだが、初期の作品はそうではなかった。ルネサンスの画家・ウッチェロばりに強烈なパースのかかった手書きドローイングで表現されていたのは、尖っていて・シュプレマディズム風で・フラグメンタルな造形群だった。その時期の雰囲気が具現化した数少ない建物が、この現代美術センターといえる。(尖った断片から流れる連続体へ。キャリアを通したこの変化についてあまり論じられていないように思うのは気のせいだろうか。日本語じゃなければ論考とかあるのかな。)

所在地はシンシナティのビル街。歪んだ箱が空中でグシャっとなったような建築が、交差点に突如現れる。外部仕上げはコンクリート打ち放し。この辺も現在のザハ建築のイメージとは大分異なる。竣工から16年も経つと、随分エイジングされた風情だ。(多分汚れの原因は、パラペットに水切りが無いからなんだけど、それを指摘するのは野暮というものなのだろう、きっと。)

中に入ると視界に映るのは、ロビーの奥に飛び交う黒い階段。緩い勾配で相当なロングスパンを飛ばしている。途中には柱も吊り材もない。どうなっているかを観察すると、厚い鉄板を箱型に溶接・モノコック状にして、構造を成立させている様子だった。実際歩いてみると頑丈で、意外と揺れも感じない。

階段だけでなく、室内は至る所が歪められ、平行な面が全然ない。コンクリート打ち放しの柱もわざわざ菱形にしてある。ちなみにこの建物、純粋な鉄筋コンクリート造かと思いきや、梁は鉄骨でできていた。スケスケの天井を見上げておや、と思うなど。

キャリア初期にザハ・ハディドが描いたドローイングのトーンは暗い。宙を飛び交うボリュームも、その浮遊感・抽象性とは裏腹に、個人的にはなんだか質量を感じる。近年のザハ事務所の白くて・軽くて・フューチャーなイメージとは真逆ともいえる、そんなジメッと重いフィーリングが、この建物には転写されているように思えた。実は訪問時、過半のフロアが展示替えであまり内部は見れなかったのだけど、それでもこの空間を体験できてよかった。

(つづく)



「建築トランプ」絵柄の答え
ダイヤ:プレモダン
・J=エリエル・サーリネン
・Q=チャールズ・レニー・マッキントッシュ
・K=アントニオ・ガウディ

スペード:モダニズム
・J=ワルター・グロピウス
・Q=ミース・ファン・デル・ローエ
・K=ル・コルビュジェ

ハート:ポスト・モダニズム
・J=チャールズ・ジェンクス
・Q=ロバート・ヴェンチューリ
・K=マイケル・グレイブス

クラブ:デ・コンストラクション
・J=ベルナール・チュミ
・Q=ザハ・ハディド
・K=ピーター・アイゼンマン

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