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シカゴにミースの建築を見に行く (クラウンホール)

私の通っていた大学にはいくつかのキャンパスがあって、建築学科の属する理工学部は、にぎやかな文系学部からは隔離されたところにあった。構造体むき出しの校舎はなぜかギラギラと銀色に塗装されていて、同じようなプランの建物がグリッドに沿って何棟も並んでいた。

贅肉ひとつ認めません、と言わんばかりの質実剛健な佇まいは個人的には好きだったのだけれども、あまりに他と雰囲気が違うので、学生たちは揶揄の気持ちを存分に込めて、このキャンパスのことを「〇〇〇大学 理工学部」とは呼ばず、「△△△工科大学」と呼んでいた。

一体誰がそんなことを言い出したのかは分からないけど、もしかしてそのモデルはイリノイ「工科大学」だったのかも、とシカゴ郊外のキャンパスを歩きながら思った。ここもストイックな建物がグリッド状に並んでいる。ミースが渡米直後、前身のアーマー大学時代にキャンパス計画を任され、手掛けた建物群だ。

ファンズワース邸の裁判沙汰があまりに有名になりすぎて、贅沢でコスト度外視なイメージを後世に残してしまったきらいのあるミースだが、この大学の施設計画をはじめ、低予算の建築も少なからず設計している。例えばキャンパス内のカー・メモリアル・チャペルは、天井も仕上げていない工場のような教会だが、安定感のあるプロポーションや工夫された採光によって、やさしさを感じる空間を創出している。

そしてこのキャンパスの1ブロックに、クラウン・ホールはある。建築学科のスタジオだ。竣工は1956年、キャンパスの中では最も遅い時期の完成である。この建物に関しては、黒いスチールとガラスによるファサードや、トラバーチンの外部階段が他の建物とは異彩を放っている。

外観に露出したH鋼の柱梁、これが内部に柱のない空間を実現した。ロングスパンを支える梁は幅に対して背が異常に高いため、逆に不安定にすら見えるほどだ。一方で柱は思いのほか細く、外装マリオンのH鋼との対比を抑える工夫がされている。見付寸法は約305mm(≒1フィート)で、梁と柱で揃っている。梁のアスペクト比が普通じゃないのも、この見付を優先したからだと思う。

外装は上から
1:クリアガラス+ブラインド
2:乳半ガラス(若干青っぽい)
3:自然換気用のスチール製ガラリ
4:スラブ
5:乳半ガラス(半地下階のハイサイドライト)
の構成。なお、エントランスのスパンは全てクリアガラスだ。(ちなみに、ガラス自体は改修の際に入れ替えられているのでオリジナルではない。)

シンプルに見えて、変化に富んだ部材構成だ。上下でガラス高さを絶妙に変えたり、下部のガラスだけ縦桟で2分割するなど、プロポーションは相当吟味が重ねられたに違いない。ブラインドのケーブル位置も含めて計算されているんじゃないかと思う。

夏休み期間中なのか人の気配はなかったが、中に入ることができた。そこに待ち構えていた空間に、正直少し動悸を覚えた。

ミースが残したドローイングの中に、幾つか内観パースを描いたものがある。コラージュと線による抽象的な空間表現なのだが、誰もいないこの空間、パースの持つ抽象度そのものが目の前に実現していた。

ミースはこの建築において「ユニバーサル・スペース」の概念を実現させた。「ユニバーサル・スペース」とは、「床および天井と、最小限の柱と壁で構成される、どのような用途にも対応できる空間」のことだ。そして、「ユニバーサル・スペース」は20世紀後半の建築に浸透し、世界中に横溢するに至った。これをポスト・モダンの旗手らが批判して・・・というのが、よく聞かされる説明だ。

実際にクラウンホールの中に立って、それは嘘だ、と思った。この空間に比べたら、日頃我々が「ユニバーサル・スペース」だと思って過ごしたり、設計したりしているものは、単なる間仕切と家具のお遊びだ。「空間」としてみたとき、その質は雲泥の差だった。

以前、ある講演会(の懇親会的なもの)で、原広司さんのお話を聞く機会があった。その時、原さんが今なおユニバーサル・スペース / 均質空間への警戒心を持ち続けている様子なのが印象的だった。正直に告白すれば、「均質空間論」から約40年、いまだにミースを仮想敵としているなんてすごい執念だな、と思ってしまった。が、クラウンホールの実際の空間を見て腑に落ちた。これは数十年の時間によって陳腐化するような空間とは全然地平が違うのだ。あまりにも認識の甘かった自分を恥じた。

誰もいないと思っていたホールを歩いていると、片隅で2人の学生が作業をしていた。私と同じくらいには英語がカタコトだったので(失礼)、きっと最近来た留学生だろう。今彼らの目にこの空間はどう映っているのだろうか。毎日通っていると、この衝撃的な空間にも慣れてきてしまうのだろうか。もしそうなのだとしたら、ちょっぴり残念な気がしなくもない。

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