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建築の"読み方"を学んだ本

いささか唐突ですが、建築を仕事にしている人や、建築の学生と旅行にいったり、美術館みたいなタテモノを見に行ったことはあるでしょうか。もし経験があれば、あなたはこう思ったかもしれません。「お前は一体ドコ見てるんだ」と。折角楽しみな展覧会なのにずっと外観の写真を撮ってる、名作絵画をよそに床や天井を見て「ふむふむ」とか言ってる、いつまでも階段やトイレから移動してくれない、など、迷惑な体験をされたかもしれません。

実際のところ、「建築のヒト」もその辺は自覚しています。「あ、なんか見るところズレてるな」と。もちろん、職業上の必要に駆られてそうしている部分もありますが、純粋にタテモノって見るの楽しいです。少なくとも、美術史を専攻していなくてもある程度絵画を楽しめるくらいには、建築も誰でも楽しめる側面はあると思っています。

ただ、「どう見たら良いのかわからない」というのが正直なところだと思います。派手で奇抜なフォルムのタテモノならいざ知らず、基本的に「四角い箱」のモダニズム建築であれば尚更。確かに「建築マップ」的な本はありますが、紙面の関係からひとつの建物の説明はわずかであることが殆どです。

ここに、建築を「よく見る」ことに特化したガイドブックがあります。ガイドブックといっても、扱っているのは香川県丸亀市にある一つの建物のみ。この作品を隈なく見る、というのがこの本のテーマです。結構前の本なので絶版の可能性もありますが、今のところamazonでは買うことができます。出版社は建築専門書を出しているところですが、専門家ならずとも建築に興味がある方にはぜひ手にとってもらいたい一冊です。設計者若葉マークの頃の私(今でもひよっこですが)が色々叱られながら建築の「見かた」をアップデートしようと試行錯誤していた時、随分ヒントを与えてくれた本でもあります。

著者は建築家の古谷誠章氏。この美術館の設計者かというとそうではありません。これがこの本のユニークなところで、建築家が「他者」として、いわば同業者の仕事をつぶさに観察した視点を知ることができるのです。

「推しどころ」が中心となる自作解説とは違って、この本の中で古谷氏は、見れる限りの場所をフラットに取り扱っています。その視点は空間の大きさや素材にはじまり、家具や照明器具にまで及びます。読み進む体験を通して、建築のプロが人の作品のドコを見ているのか、というノウハウを盗むことができるという訳です。

私は建築が好きなのと負けず劣らず「建築の本」も好きなのですが、この一冊はブックデザインとしてもお気に入りです。「現地で見やすいように」との配慮からコンパクトな体裁なのですが、ページを開くとパタパタと紙面が展開する仕組みになっています。レイアウトも、全ページにわたって非常に丁寧です。私は、テキストや図面などにマーキングして、参考書のように使っています。

言うまでもないことですが、この本のテーマになった谷口吉生氏の「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館・図書館」は建築自体が素晴らしいです。見どころを集めて本一冊が作れるような建築は、流石にそうそうありません。四国・瀬戸内方面に旅行される際は是非立ち寄っていただければ・・・と思いますが、遠方の方でも、各地で谷口氏の建築を見るチャンスがあります。ちなみにアメリカにだってMoMAがあります。氏の建築は比較的作風が統一され、素材の使い方やディテールを少しずつ洗練させる方向(その洗練は他の追随を許さない域に達しているわけですが・・)にあるので、この本でみる「丸亀」と各地の実物を見比べるのも、面白い使い方だと思います。

この本を読むことで気づくのは、とどのつまりタテモノも一種の「読みもの」なんだな、ということ。構成があり、展開があり、そして言外に隠された意図がある。名文学のように、優れた建築にも「読みがい」があるわけです。そして、外国語や楽譜ほどではないかもしれませんが、建築を「読める」と少しは旅行や休日のお出かけが楽しくなると思います。このガイドブックは、建築を読む素晴らしい手助けとして、専門家や建築学生に限らず様々な人の手にとってもらいたい一冊です。


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