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フィラデルフィアはまだ寒い (その①:ルイス・カーンをたずねて)

建築探しで各地を巡っていて気づいたことなんだけど、アメリカの地方都市は、その構造がどこもビックリするくらい似ている。

状況は大概こんな感じ・・・①空港から市街地は高速道路で30分前後。②ダウンタウンには少なくとも数本の超高層が密集していて、③一番高いビルは何故か高確率でアールデコ風味。④本当に賑わっているエリアはというと、実は街の周縁部にある。で、⑤そこをさらに過ぎると戸建住宅が延々とスプロールしている。⑥ダウンタウンや空港近辺の住宅地は意外と治安が悪いので、通るときは注意が必要・・・

いっぽう、そんな相似した都市事情とは裏腹に、建築家の作品となると街ごとにけっこう個性がある。 シカゴにはライトやミースの建築が集まっているし、去年見に行ったインディアナ州コロンバスにはエーロ・サーリネンやケヴィン・ローチの作品がたくさんあった。カリフォルニアにはエリック・オーウェン・モス作品が群生する街があるらしい。

その理由の多くは、建築家が事務所を構えたり、教鞭をとっていたというシンプルなものだ(※1)。意外とNYCのような大都市一極集中でないのも興味深い。とはいえ、これはインターネットのある現在ほどは距離を克服できていなかった、20世紀的な状況の反映ともいえる。ご承知の通り、いまや世界のトップファームは場所なんてお構いなしに作品を発表している。もし作品が偏在しているとすれば、それは地理的要因ではなくきっと資本集積度の反映だ。

さて、今回訪れたペンシルベニア州フィラデルフィアは、端的にいうならば、ルイス・カーンとロバート・ヴェンチューリの街だった。もちろんこれにも理由があって、二人ともこの街に住み、ペンシルベニア大学で教鞭をとっていたのだ。カーンは1957年から突然の死を迎えるまで。ヴェンチューリはというと、1959年にカーンのアシスタントとして大学に勤め始めて以来、1967年までペンシルベニア大学に在籍していた。ということで、今回は2人に縁のあるこの大学から見学をはじめることにした。

リチャーズ医学研究所

ペンシルベニア大学の広大なキャンパスを奥へ奥へと進むとこの建物はある。リチャーズ医学研究所。建築家ルイス・カーンが、サーヴド・スペース、サーヴァント・スペースという図式を提示し、彼の名を世界に知らしめたあまりに有名な建物だ。 保守的な佇まいの建物が並ぶキャンパスの中、この「サーヴァント・スペース」機能を担う塔のプロポーションは際立っていた。なんでも、カーンが ヨーロッパを巡る旅の中で目にした、塔の街として有名なサン・ジミニャーノに啓発されたものらしい。 仕上げをレンガにして周りと装いを揃えてはいるものの、その佇まいは「既存との調和」なんていう生易しい状態を決して許さない。

この建築はコンクリート造だが、その構造体はプレキャストで出来ている。エンジニアであったオーガスト・コマンダントとの協働の成果だ(※2)。各ピースは精巧に設計されていて、近づくと細かい凹凸の組合せがまるでパズルのようだ。 キンベル美術館のプレストレスト・ロングスパン・ヴォールト然り、一筋縄ではいかない構造エンジニアリングが、この建築家の作品には隠されている。

特に、 梁の造形は、応力に対応して段階的に細くなったり、設備貫通を考慮してフィーレンデール状になっていたりと、工夫の数々が詰め込まれている。この設備インテグレーションへの探求は、後年のソーク研究所へと繋がっていく。

構造合理性と作家の恣意が融合したファサードの構成も、ジワジワと記憶に染み入るような、独特な表情を湛えている。


ブリンモア大学寄宿舎

フィラデルフィアには比較的大きなカーン設計の建物がもうひとつあって、それがこのブリンモア大学寄宿舎である。 なんといってもプランが特徴的。角が面取りされた正方形が45度振られて、3つ繋がっている。外からは、立体感のあるひだ質の表情に見える。

ファサードはスレートとコンクリートのコンビネーション。 リチャーズ医学研究所にまして、その構成にカーン独特な「手つき」みたいなものを感じる。 不思議なリズムだなぁ、秘密の数式でもあるんじゃないかというようなというような気持でずーっと見ていると、2・5・3・・・といった具合で、すべて素数で割付られていることに気づく。それにしたって、立面を「整理する」だけのスタディでは、こんなデザインは出てこない。 

そういえば大学院に居た頃の講義で、ある先生が「イエール大学美術館」のファサード装飾を指して、「これは、常人では導けないデザインだ」的なことを指摘していた。僕ががその教授と同じ地平からカーンを見れているとは到底思えないけれども、それでも少しだけ、言っていることが得心できるような気がした。

カーン建築に共通する見所は何かといえば、それは建具のデザインだと思う。この建築も扉のデザインが凝っていた。半月型の開口とかどこから出てきたんだろう。 彼の建具だけを集めた本なんかがあったら面白いんじゃないかと思ったり。

コンクリートは、キンベル美術館と同じく、型枠目地のエッジが立つ仕上がり。Pコン跡に鉛はプラグインされていなかったけれど、代わりと言うべきか・・・学生の手によってビール瓶の王冠がインストールされていた。


カーンの住宅作品

フィラデルフィア郊外には、カーンが手掛けた住宅もいくつか建っている。有名どころはエシェリック邸やフィッシャー邸。折角なので外観だけでも拝みに行った。

エシェリック邸は思った以上に小ぶりで、立派な屋根が聳える邸宅地の中、ボクシーな佇まいが印象的だった。 漆喰と木による静かな外観の表情からは、 どこか無国籍な感じすら漂っていた。

フィッシャー邸は僕が初めて知ったカーンの作品だった。45°振られた正方形が連結し、内部は黄金分割に基づいたプランは一度見たら忘れ難い。 このアイディアは、先ほどのブリンモア大学寄宿舎と同時期のスタディーの中で、相互に影響を及ぼしながら醸成されたものらしい。 この住宅については、オーナーであるフィッシャー夫妻の建築愛も印象的なエピソードだった。定期的に夫妻自ら外壁に亜麻仁油を塗布し、往時は新築のような美しさを保っていたという。 だが、残念ながらオーナー夫妻はもうこの世にはいない。 当時のようなメンテナンスも、今はされていないのかもしれない。写真で見知るよりくすんだ表情の建物は、雨空の下、少し寂しげに見えた。

(つづく)


※1:インディアナ州コロンバスは例外ケースかもしれません
※2:『テクトニック・カルチャー』
   ケネス・フランプトン著、松畑強・山本想太郎訳/ 2002, TOTO出版

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kezama

建築設計系サラリーマン。現在アメリカ在住。 見学した建築の感想を、備忘録的に書いてます。

たてものよもやま話

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