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ニューヨーク / ミッドタウンの斜向かい / 2棟の高層オフィスビル

パークアベニュー52丁目。過密都市マンハッタンにポッカリと空いたプラザに腰掛けて、冷たい風をガマンしながら、上を眺める。視線の先にあるのは、黒い高層ビル。

ミース・ファン・デル・ローエ設計のシーグラム・ビルだ。ニューヨークに来るのは初めてじゃないけれど、訪れるたびにその姿を拝みたくなってしまう。竣工は1958年、既に60年が経過しているけど、その存在感は今でも際立っている。

黒くて重厚なカーテンウォールはブロンズ製。アルミが主流の現在からしたら、工芸品レベルの外装。

あまり語られないポイントな気がするけど、このビルは「軒天・天井」のデザインが冴え渡っていると思う。ピロティをくぐるとはじめて分かるのだけれど、ここの軒天には全面モザイクタイルが張られている。地面からバウンドした光を受けて鈍く輝くサマを見たときはちょっとギョッとした。こんなの見たことなかったから。高層部も、窓周りの天井が全て発光体になっているからこそ暗褐色ののガラスが意味をもつ。この重い光・妖しいオーラは普通の天井デザインでは実現しなかっただろう。

意外かもしれないが、ガラス張りの高層ビルにおいて、天井は時として建物の印象を左右しかねないエレメントだ。理由は単純で、人は地上からは高層ビルを見上げることしかできないので、建築の内部要素としては天井しか視認できないからだ。

シーグラムビルを実際に見ると、ミースはそのことに十中八九気づいていたように思われる。でも、殆ど前例もないのに、どうやってそのイメージを得たのだろう。これは憶測だけど、30年以上前、フリードリヒ街のオフィスの絵を描いていた時だったんじゃないだろうか。このプロジェクトは1920年代初頭に全ガラスの高層建築を提案したあまりに先駆的な計画だったけど、重厚な石のファサードがガラスに置き換わった途端、「天井」がオブジェクトとして卓越してくる様子がパースには克明に描かれている。

真偽は分からないけど、このビルが発散する重厚な光は、実現しなかった計画案の亡霊の、時空を超えた現前のような気がしている。

シーグラムビルを見たあとに、必ず立ち寄る建物がある。斜め向かいに建っているレヴァーハウス(リーヴァ・ハウス)だ。以前の記事で軽く触れたことがあるけど、設計者はSOMのゴードン・バンシャフト。9月に訪ねたハーシュホーン美術館はとても個性的な佇まいだったけど、こちらは実に端正なオフィスビルだ。

実はこの建物、竣工1952年と、シーグラムビルより早く完成している。総ガラスのビルとしては、確か最初に実現した作品だ。

サッシュはステンレス製で、キラリと上品に光っている。ガラスは今の感覚からするとかなり緑色だけど、この建物に限っては宝石みたいで美しい色だなと思う。(※1)

シーグラムビルのプラザに立ってこのビルを眺めるのがお気に入り。対照的な2棟の、なんとも微妙な距離感が好きだ。

現在どの都市にも当たり前にあるオフィスビル。そのプロトタイプはミースのシーグラムビルだ、と言われている。僕は正直、その説は眉唾だなぁと思っている。シーグラムビルの登場は当時の建築界に衝撃を与えただろうけど、ブロンズのファサードにしろ、巨大な前面プラザにしろ、天井デザインにしろ、大事なところの多くは個別解だ。実際のところ、ミース自身(あるいは彼の死後のミース事務所)だって、シーグラム以降に高層オフィスを複数実現しているけど、この水準に再び達したものはないと言っていい。

むしろ、竣工年的にも、その後の世界が辿った高層ビルデザインの方向性という意味でも、あえてプロトタイプを挙げるならば、それはレヴァー・ハウスのほうなんじゃないか。21世紀の現在、見かたによってはこの建物があまりに「普通」に感じられることが、その逆説的な例証だと思うのだけど、どうだろうか。

※1 レヴァーハウスの外装自体は2000年代、オリジナルに忠実なかたちで大規模改修されている


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