【えいごコラム(7)】この英語表現、横浜の地名由来?
今年の入試で、問題に関する質問に答えるため本部に待機していたとき、カナダ出身のキスチャック先生が面白いことを言いだしました。
hunky-dory という英語表現があるが、これは横浜の地名がもとになっているらしい、というのです。
Everything is OK. (ぜんぜん問題ない) というような意味だそうで、研究社の『新英和大事典』(第6版)には次のような例文が出ています。
キスチャック先生によれば、都会の若者はあまり使わないかもしれないが、地方に住む年輩の人々はふつうに口にする表現だそうです。
手持ちの辞書で hunky-dory を引いてみると、NHK出版の『英語イディオム辞典』に語源が次のように書いてありました。
一方、ODE (オックスフォード新英英辞典) はこの説を採らず、次のように記しています。
このようにODEは、 hunky はオランダ語の honk (試合のホーム、ゴール) に由来し、19世紀中頃のアメリカで使われ始めたとしています。
しかし dory の起源は説明していません。
この1件は海外でも話題になっているようで、語義・語源に関するさまざまなウェブサイトでとり上げられていました。
その中で Grammarphobia というサイトの記事が比較的詳しく、出典への言及もあったのでその一部をご紹介します。
これによると、アメリカの歴史家・言語学者ジョン・ラッセル・バートレットが『アメリカ語法辞典』 (1877) で hunky-dory が江戸の通り、または市場の名に由来するという説を紹介しているそうです。
バートレットはこの名称が1865年ごろ「ジャパニーズ・トミー」として知られた芸人トーマス・ディルワードによってアメリカに紹介されたのではないかと述べています。
しかし Grammarphobia の著者は、芸名以外にディルワードと日本の結びつきを裏づけるものはないとして、この説にあまり重きをおいていません。
続いてこの表現を横浜の本町通り (honcho dori) と結びつける説が紹介されます。
ミネソタ大学の語源学者アナトリー・リバーマンは、日本人の多くがこの説を信じており、たしかに一考の余地があると認めつつ、2つの穴があるとして次のように述べています。
リバーマンはこのように、「本町通り」は「 “the head honcho” (責任者、トップ:日本語の班長に由来) が住んでいる通り」という意味の一般名詞であって、厳密にいえば横浜の通りの名ではないと指摘するのです。
しかしリバーマンのこの主張はやや妙です。
ウェブマガジン『The Yokohama Standard』によると、1859年の横浜開港と同時に横浜村に「本町」が新設され、その目抜通りである「本町通り」の賑わいは翌年出た五雲亭貞秀の『神名川横浜新開港図』に描かれています。
当時、アメリカをはじめとする海外の船員に “honcho dori” の名が親しまれたことは十分あり得ます。
リバーマンの言うもう1つの「穴」は、 hunky は日本語でなくオランダ語に起源をもつ可能性が高いということで、これは ODE と同じです。
しかし、 Grammarphobia も言及していますが、 ODE の母体である英語辞典のラスボス、 OED も後半の dory の起源については unknown としています。
もちろん hunky-dory を横浜の地名と結びつける具体的な証拠はありません。
しかし、他の方法で dory の語源が説明できていない以上、「本町通り」がこの表現に何らかの影響を与えた可能性はあると考えてもいいのではないでしょうか。
日本語由来の英語表現はたくさんありますが、160年以上前に世界に向かって開かれた「本町通り」の名が今でも英語圏の人々の会話に影響を与えているとしたら、それは日本の文化発信の歴史を物語る貴重な1ピースかもしれません。
(N. Hishida)
【引用文献】
O’Conner, Patricia T. and Stewart Kellerman. “Hunky-dory.” Grammarphobia 2008.06.01.: https://www.grammarphobia.com/blog/2008/06/hunky-dory.html
「【横浜の通り】本町通り」,『The Yokohama Standard』2016.10.19.:
http://theyokohamastandard.jp/article-6328/