シン・ゴジラで味わったのは、

※1つ前の交換日記(From夫)はこちら

 前回のわたしの質問、

「わたしと大幅に意見が割れたって点で魅力を感じた映画ベスト5を教えてほしい」

に対して、まず1つ目に『シン・ゴジラ』を挙げていただき、ありがとうございます。これはある意味、わたしにとって思い出深い映画になっております・・・。
 というのも、2人の意見が一番割れた記憶な気がするから笑。

 で、よしさんからは、

かほさんのあのときの感想教えてちょー。

と来たので、あのとき(『シン・ゴジラ』を観た時)の感想を綴るね〜。


 わたしは『シン・ゴジラ』を観た時、ゴジラが人類のヒーロー的扱いを受けて”いない”ことに感動したかな

 純粋な怪物映画として描かれていることに感動したの。

1954年公開の第1作『ゴジラ』では、作中に登場する古生物学者の山根恭平博士が「ジュラ紀から白亜紀にかけて生息していた海棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物[注 1]の末裔が、ビキニ環礁の原子爆弾研究で安住の土地を追われ、出現したのではないのか」と説明する。しかし、以後の作品の多くでは「ビキニ環礁の原子爆弾研究で散布した放射能を浴びて変貌した」と説明される。
引用元:ゴジラ(架空の怪獣)Wikipedia

 「原子爆弾研究で土地を追われた古代生物」or 「放射能を浴びて変貌した生物」として上陸し、人類を脅かす生き物として描かれていたはずが、気づいた時には他の怪獣と戦ったり、共闘したり、「ガッジラ」と呼ばれて”神”になってたりしてたゴジラだけど、『シン・ゴジラ』では純粋な怪物として恐ろしく描かれているのが好きだった

 もちろん映画としては思うところもあったよ。やたらと専門用語を並べる長台詞とか、エヴァそのまんまのBGMとかなんとも言えない台詞回しが気になったパニック描写とか・・・。

 でもね、「もし映画が現実になったら」という”絶対に”ありえない想像をしたときに、「もしゴジラと対峙したら、わたし死ぬかもなあ」って思うぐらいゴジラの姿が怖かったんだよね。映画鑑賞後、ゆりかもめに乗って豊洲に行く機会があったときには、その道中車窓から見える海を眺めて、「ゴジラみたいなの出て来たらめっちゃ怖えなあ・・・」なんて思っていました。

 あとあっけなく人が死ぬシーンとかも怖くて好きだったね。第二形態のゴジラが襲いかかってきたとき、ただ淡々と破壊されるマンション内部の様子が描かれてた。子供のいる家庭かなんかがパニックに陥ってるシーンが映し出されたすぐ後に建物が壊れてさ。悲鳴が上がるでもなく、そのシーンが終わるのが怖かったなあ。ゴジラの綺麗だけど恐ろしい光線によって一瞬で終わるシーンも好き。人って、圧倒的な脅威の前に何もできないんだなあ・・・と思わされた。あの映画が、自然災害から立ち上がる日本の姿のメタファーだったとしたら、真っ向から死の恐怖を映し出す姿勢が好きだった。

 あと純粋に”物語”として、映画のオチ(ゴジラの〇〇がアップに映されて終わるシーン)の意味深な感じもゾワッゾワして好きだったなあ。観客が勝手にその後のストーリーを膨らませて怖がることができる余韻ってすごく素敵だな〜と思って。


 『シン・ゴジラ』はきっと、めちゃくちゃ議論することが想定されてつくられた映画だと思うんだよね(わたしとよしさんの場合はめっちゃくちゃ意見が割れてしまったから、議論慣れしていないわたしがプンスカする事態にはなってしまったけれど笑)。

 語りたい人、オタク、に愛のある映画よね

 でも、それがよしさんにとって「国産ゴジラ負けちゃったな」「真っ向勝負しなくて残念だな」につながったんだろうなとは思ってる。

 今となっては当時より冷静で、よしさんの意見はバリッバリに理解できるし、よしさんの視点で見たらわたしも同じ感想なんだ。ただわたしはよしさんより”オタクより”なんだと思う、映画に対して。


 ただまあ・・・一緒に観た『ザ・プレデター』みたいな映画を観るのも大事よね。

 「映画に”意味”なんて必要ないんだな・・・」と思った。

 笑った。

 めっちゃくちゃ笑ったわ、あの映画。

 『シン・ゴジラ』は「日本特撮を守るぞ!」「日本のメタファーを描くぞ!」みたいな、若干作り手の背負ってきたプレッシャーを感じる映画だったんだけど、『ザ・プレデター』は「映画にする意味?!俺が撮りたかっただけだよ!!!」みたいな、むしろ愛”しか”ない映画でしたね笑。

 映画が好きじゃないと逆に観づらいっていう・・・それは逆にエンターテイメントとしての娯楽としてはどうなんだろうと思うんだけど笑。

かほ

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