どうしましょ⁉1998年ワールドカップフランス大会 ②

時系列で言うと、

1997年11月16日:ジョホールバルの歓喜

1997年12月中頃:あちこちの旅行手配会社からワールドカップチケットの「買わないか?」連絡が届く。今、思うと彼らはどこからの確約をもらって販売の連絡をしていたのか?と不思議になるが、わが社の業績アップと「弱小なのにワールドカップチケット販売をしている」というステータスを取りに行くためだ、その口コミ販売チケットを手配会社2~3社へ購入依頼。

1998年12月末頃~:ツアーを見越して、旅行用の宿泊先、航空券予約手配開始

1998年2月~4月:手元にワールドカップチケットが届かない問題発覚。チケットが届かないので、旅行手配の中断。いくつかの購入先へチケットのキャンセル連絡。

1998年4月頃:旅行手配会社よりワールドカップチケットの購入確約をもらう。ところが試合開始2カ月前となり、弱小のわが社では、この時期からの航空券の手配や宿泊先の手配は無理です。絶対。

 ツアー企画は困難なことから、チケットのみを販売することに専念する。ところが、この時期よりチケット入手困難問題が報道され始め、手元にチケットが無いにも関わらず、旅行やチケットを販売する会社が多数発生。詐欺ではないかと社会問題となり、弱小のわが社は信用すらしてもらえず、チケットの購入者が現れない。同業の友人や知人、果てはそのまた知人など(はっきり言えば見知らぬ人!)兎に角、チケットを購入してもらうべく、連絡しまくった。通常業務を行いながらだったから、本当にチケットが売れるのか?不安で大変でした。が、チケットは売れました。(やったぁぁぁぁぁぁぁあー!)今となっては、買い叩かれたことは笑い話です。

1998年5月中頃:この時期、また問題が発生。兎に角、チケットが手元に来ない。わが社では、信頼できる旅行手配会社1社から

6月14日 日本 vs アルゼンチン 会場:フランス トゥ―ルーズ 

約10枚

6月26日 日本 vs ジャマイカ  会場:フランス リヨン

約5枚

のチケットを購入していた。ところが、5月20日過ぎてもこのチケットが手元に届かない。

・偽造防止

・転売禁止

そんな理由が、ちまたに流れ、全く入手できない。チケット自体は、わが社の地元のお客さんには販売できず、ツテのツテを使って、これまで全くお付き合いもない東京のお客さんへ販売。このお客さんもすでにご自身で、飛行機やホテルは手配済み。チケットなくてどうすんのォ!って話になった。

当然チケット購入は前払い制。既にお金をかき集めて入金済み。だから、購入先へは上から目線で詰め寄った。

そして購入先から妥協案が出されたのでした。それは、

「お宅の会社の人間が、フランスまでチケットを取りに行って下さい!」

えぇぇェ!何ですとォ!

購入先の言い分は、

①フランス パリに現物のチケットはある。

②それを、こちらに送っていては、お客さんの出発までに間に合わないかもわからない。

③送ったがために途中で「紛失」なんてことになったら目も当てられない。

だから、取りに行ってくれ!との事でした。いや、弱小そして少人数体勢のわが社へなんて提案!とは思ったものの、購入先はいろんな販売先への同様な対応で、手も首も回らないからお願いします。と泣きつかれた。

こちらとしても、お客さんへ渡せなかったら会社が終わるかもって感じ。でも弱小。一人の交通費も宿泊費も出せないと伝えると、それは購入先が出すとの事。それならば、と話がトントン拍子に進み、まず、初戦のアルゼンチン戦を観戦するお客さんへは、

①まずわが社の社員が、フランス・パリへ先行し、アルゼンチン戦とジャマイカ戦のチケットを確保。

②アルゼンチン戦のお客さんへは、試合前日にフランスへ入国する日程と飛行機名を確認し、わが社の社員がシャルル・ド・ゴール空港の到着ターミナルにて「ようこそパリへ」の看板を持ってお出迎え。

③空港ターミナル内にて「例の物」の受渡し。

④到着客を試合会場のある「トゥールーズ」へ向かうフランス国内線のカウンターへご案内。

⑤お客様をお見送りの後、日本への航空機へチェックインし、ジャマイカ戦のチケットを持って帰国の途へ。

こうして1泊3日の強硬スケジュールが決定。他の旅行の添乗期間が開いていた私が行くことに決まったのでした。

続く



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