幸せの中心

 幸せは、誰にとっても、大切なものだ。それを感じることは、人生で最も充実しているときだと思いがちだが、そうではない。何気ない日常の中にこそ、ひっそりと佇んでいる。見つけることは簡単だが、意識していなければ、うっかり見過ごしてしまう。知っていたはずなのに、その存在に気付かず、自分が不幸だと思う点に目を向けてしまう。人には、そういう癖があるらしい。他人がしていることは、きっと上手くいっている。自分が行うことは、なんとも間抜けに見える。だから、僅かに訪れた幸せも大したことがないようなものに思える。他人の幸せこそが、本物で、自分が手にしたものは、偽物だと言いたくなる。偽物であるという証明は簡単だ。不幸だと思える理由を並べればいい。たくさん並べた不幸の石が、正しく解答に導いてくれるだろう。もっとも、その証明したことが、誰にとっても、いいことになることはない。ようやく証明できたことも、結局は自分が不幸だと言うことで、満足できるわけでもない。無駄に意味もなく、不幸な石を積み上げるだけだろう。

 幸せを見つけるためには、自分が幸せだとできるだけ思うようにすることだ。難しい話ではない。他人からの好意を自然に受け入れることだ。そして、あまり自分のことばかりに目を向けないことだ。自分に目を向けてばかりいると、ほとんどが他人との比較になってしまう。他人は大勢いるのに対して、自分は一人だ。そんな比較数が圧倒的に多いものと比べるから、不幸に思える。比較対象が多いほど、自分が他人より劣っている場所を探しやすい。そのことを無限に繰り返すことになる。だから、自分に目を向けず、外に目を向けて、自然と触れることになる感情を大切にすればいい。他人の笑顔、感謝の言葉、心がこもった贈り物。偶然出会った、小さな幸福が、幸せの本質であり、たくさん集めて、真ん中に立ってしまえばいい。

「ねぇ、さっさと出掛ける準備してくれない?」

 彼女から言われてから、気持ちが現実に戻ってくる。悪い癖だと思いつつ、自分が感じている感情は、やはり外から来るものだ。今から外出する。ちょっとした旅行だ。寒い冬の時期に旅行なんてと思ったが、彼女の嬉しそうな表情には勝てなかった。

「もう、荷物の準備は出来ているよ?」
「でも、まだ部屋着じゃない?いつ出る気?」
「もう少しだけ」
「もう少しだけね。いいけど、その時間だけ、私の幸せの時間が減っちゃうけど、わかってる?」
「え?」言われた言葉に思わず、振り向いてしまう。
「私たちが今持っている幸せは、そういうものだよ?」

 言葉でわかっていても、人の気持ちをなかなか推し量れない。そういう僕だから、彼女は優しく、大切なものをいつも教えてくれる。今、幸せの中になにがあるのか。そのことを疎かにしてはいけない。

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