降り立った地で その197

 宇宙飛行士のパネルに顔をはめた状態で、彼女の方を向いている。スマホのカメラ越しに、僕の方を見ていると思っていたら、構えるのを止めてしまった。
「笑顔がぎこちないよ」と言って、僕の笑顔に文句を言った。
「頑張って笑っているんだけど」
「目が笑ってない。口だけで笑顔を作っている感じがして、無理矢理笑っている感じがして、あんまり好きじゃない」
 そこまで言われると、余程笑い方が下手なのだろう。写真を撮るときに、いままで言われたことがなかった。おそらく、いままで誰も気にしていなかったのだろう。そもそも、今日みたいに、一人の姿をカメラで撮ってもらうなんていうことがあまりなかった。小学校の入学式などの記念撮影の写真を見せてもらったことがあったが、いま思い出せば、笑っていなかった気がする。たぶん、写真に写ることが嫌いなのだろう。風景の写真を撮ることはよくするが、人を撮ることを全然しない。そういうところから来ているのかもしれない。

「はい、ちゃんと笑って。あとが控えているんだから」
 彼女の言葉に答えるために、楽しいことを思い出してみる。わかりやすいもので言えば、会社での出来事だろうか。勤めている会社で、真面目に仕事をしているが、定時を過ぎると、世間話が始まり、その内容が実にくだらない。男性ばかりの職場だから、彼女の前では言えないような話も出てくる。そんな会話の中で、思いがけない話を振られて、困っている後輩の姿を思い出してみる。可哀想だと少し思いながら、上司と彼のやりとりが面白いため、見ている間に、ついつい笑ってしまうことがある。
「あ、うん。そんな感じ。じゃあ、撮るね」と言って、スマホのカメラであっさりと撮った。

 もう少しいろいろと要求があるかと思っていたが、並んでいる人のことを気にしたらしい。僕も、気にはなっていたから、意識を合わせてもいないが、疎通が出来ていたらしい。
「じゃあ、次、私の分を撮って」彼女のスマホが僕に渡される。カメラのアプリが立ち上がったままだ。
「このまま撮るよ」と言うと、親指を立てて、了承のサインを出していた。
 スマホを構えて、宇宙飛行士のパネルの方を向くと、彼女は穴に顔を入れて、スタンバィが出来ていた。無表情だが、写真を撮ったら、すぐに変わりそうな気がする。
「撮るよ」と言うと、「よろしく」と大きな声で返事が来た。
 手を上げて、写真を撮るタイミングを示すと、可愛らしい屈託のない笑顔をした。もはや完敗である。ディナーであれば、乾杯用のワインが必要なくらい完璧である。

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旅行記小説

「空を飛んでみる」、「降り立った地から」をひとまとめに
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