降り立った地で その210

 気が付けば眠っていた。腕の上部をなにかに何度か突かれた結果、目を覚ましてしまった。隣の席に座っている人を知っているため、なにが起こったかは大体想像できるが、すぐには隣を見ないで、しばらく真正面を見ていた。
「起きた?もうすぐご飯の時間だよ」
「いま何時?」と聞くと、彼女が腕時計を僕の目前に持ってきた。時計を見ると、18時57分を指していた。確か夕食の時間は、19時頃を指定していたから、時間通りなら、あと3分程度で夕食を持ってくるだろう。
「時間通りに来るかな?」
「5分ぐらいのズレはあるんじゃないかな?でも、もうすぐだよ、たぶん」
「そうだね。ところで、僕が寝ている間、なにをしていたの?」
「ガイドブックを読んだあとね、これを読んでいたの?」

 彼女が見せてくれたものは、エッセィだった。ミステリィをたくさん書いている作家が出しているものだ。僕が今回の旅のために持ってきたものだったが、読み終わってしまったため、彼女に貸しているものだが、意外にはまっているらしい。
「面白いね、これ。エッセィって言っているけど、全然そんな感じがしない。書いている内容が、おちゃらけていると言うか、すっごく変わっている」
「厳しいことを書いているようで、ちょっとふざけているような感じもする。書いている人が変わっているんだよ。本人は、認めたくないらしいけど」
「そうなんだ。確かに真面目なことを最初書いているけど、最後の方はけっこうふざけているよね」
「そうなんだよ。その態度が面白くて、好きなんだよね」
「なるほどね」と言って、また本に視線を向ける。彼女の読書を邪魔するのも、なにかと思い、手に持っていたスマホを再びいじりだす。寝る前は、スマホを見ていたはずが、器用なことに落とさず、ずっと持っていたらしい。自分のことながら、不思議なことがあると思ってしまう。

 しばらくスマホで国内ニュースの一覧を流すように見て、気になる内容があれば、その詳細内容が載っているページを開き、時間をかけて読み込む。そんなことを繰り返している間に、スマホの時刻が19時15分になっていることに気がつく。
「お腹空いた」隣の彼女が、不満そうな表情で僕の方を見る。基本的に機嫌が良い彼女だが、疲れていることに加えて、お腹が空いたことが重なり、実に機嫌が悪い。これは危機的なことだ。
「あれ、なんか持ってきている駅員さんがいるよ」
 四角い箱のようなものを持った駅員がこちらに近づいてくる。しかし、残念ながら、僕らの目の前で、それが他の乗客の手に渡ってしまう。
「えぇ、あれ、私のじゃないの?」
「落ち着いて、たぶん、もうすぐ来るよ」どうにか彼女をなだめる。
 予想通り、そのすぐあとに僕らの席には、夕食が持ってこられた。そのときの彼女の満面の笑顔は、いつもどおりだが、安堵してしまうものだった。

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旅行記小説

「空を飛んでみる」、「降り立った地から」をひとまとめに
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