赤いコートを着たあのひと

 22時を超えたところで、紅茶を飲んでいる。日付が変わるまで、残り2時間となっているが、そんなことを気にせずに、カフェインが入った飲み物を飲んでいる。休日が終わろうとしているからこそ、次の日の仕事に備えて、こころを落ち着かせてくれる、紅茶が気に入って、よく飲んでいる。2時間前ならば、おそらく眠りにつく頃には、すっかり効き目もなくなっているだろう。確信があるのは、いつもの習慣で無事に眠りに着くことができている。習慣として身についているということは、立証として十分な検知が取れていることになるのだ。

 仕事のためのカッターシャツの準備も終わった。クリーニングに出していた、5日分を回収し、すでにワードローブにかけている。綺麗に洗濯が終えて、カバーまでかけられている。クリーニングに出すと、いつも襟のところがのりで固められて帰ってくる。それが実は好きではなかったりする。しかし、それを注文しても、受け入れてくれるクリーニング屋はいないだろうと勝手に思って、言ったことがない。だから、なにかの機会があるときに言ってみようかと思っているが、大したポリシィでもないから、そのうち気にしなくなるのではないかと思う。

 パソコンを使って、いつもながらに日記を書いている。毎日溜まっていくが、書いている内容がだんだんつまらなくなる。一人暮らしを始めたばかりのころは、いろいろと新鮮に思えたことはあった。洗濯や掃除は、実家で多少したことがあったが、すべての工程を自分だけで行うことが初めてだった。これが意外と楽しかった。どういう工夫をしようか、毎日考えて実践し、そのことを書き綴っては、1ヶ月後に自分で読み返し、大袈裟なと笑ってしまうのだった。
 それもすっかりと飽きてしまった。暮らしに慣れてしまい、習慣として組み込まれれば、あとはルーチンとして流れるだけだ。そんな日々を過ごしている間に、12月になってしまった。

 今年は、もう終わりかとため息をつきそうになるが、あと1ヶ月ぐらいの日々に、多少の楽しみはあるだろうと思っている。クリスマスは、どうなるだろうかと思っている。年の瀬が終わる頃には、少しくらいはいいことがあったと迎えたいものだ。
 以前なら、あまり前向きなことを考える自信がなかった。余裕ではなく、自信がないということは、さきの見通しにあまり実感を持っていないというだ。しかし、ここ数日で、その実感を赤い服を来た人が置いて行ってしまった。ひょっとしたら、また現れるかもしれない。もしかしたら、三○一号のチャイムを鳴らすかもしれない。
 それは赤いコートを着た、笑顔が似合う、よく知っている人かもしれない。奇跡は起こるだろうか。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

いつもありがとうございます。最大級の感謝を!
2

恋話な物語

書いてて恥ずかしい・・・。でも、辞められない!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。