春よこい

 もっと早く気が付けばよかったと思うことは、時々ある。初めて聞いたときは、変に聞こえたから、向いていないと思ったが、改めて聞いてみると、感じたことがない響きに心を震えることに、今更気が付いた。
「これ、どうなん?」いつもと違う言葉遣いに、気持ちが揺れる。
 彼女が選んだ眼鏡はあまり好みではない。普通過ぎるという印象だ。意外と奇抜なものを好む僕のことを知っているが、似合うものがどうも普通のものが多いらしい。派手な色が好きな割に、洋服の買い物で勧められるものは、ほとんどが地味なものだ。カラフルなものを選ぶ時は、頑張って似合うものを探すことに苦労する。
「どうなん?」勝手に、僕の眼鏡を外して、店に展示されていたものを装着する。マネキンになった気分だ。しばらく観察した後、その眼鏡を外す。
「これはあんまりかな?」
「そうだね」と答えてから、展示されている、違う眼鏡を手に取り、掛けてみる。鏡を見て、意外と似合うと思って、しばらく自分の顔を観察する。
「それは似合ってるけど、似たようなやつ、持ってるやん」
「確かに持ってる」
 彼女が言っていることは正しい。買うつもりはなかったから、掛けていた眼鏡を外して、展示していた元の場所に戻す。

「これなんか、どう?」次に持ってきた眼鏡は意外と良さそうだった。
 掛けてみた感じを言うと、悪くない。フレームは全体的に黒で、耳にかけるフレーム部分の裏側がピンク色で、そこだけが隠れたアクセントになっている。これなら会社に掛けて行っても問題なさそうだ。
「これがええんちゃう?」
「うぅんと、ちょっと地味じゃないかな?」
「地味やないよ。絶対似合ってる」
「それなら、これにしようかな?」
 そのまま店員さんに声を掛けて、眼鏡を購入した。
 今日来ている眼鏡屋は、僕の実家に近いところにある。以前から話題になっている眼鏡屋さんで気になっていた。わざわざ来たという訳ではなく、用事で帰省した都合で寄っただけだ。こういう機会がないと、なかなか来れるものではない。
 20分程度店内で待って、レンズなどを調整してもらった眼鏡を付けて、僕らは店をあとにした。
 去り際に、「毎度」と彼女が言うと、眼鏡屋の店員は笑っていた。普通は商品を売った方が言うものだろうが、上機嫌な彼女からすれば、言いたかったのだろう。

「どう、今日の私?方言が板に付いてる?」
「まぁまぁかな?80点くらい」
「じゃあ、止めた方がいい?」
「是非続けて」
「何で?」と聞かれて、答えることが出来ない。聞いているだけで、微笑ましい気持ちになってしまう。本当の感情は口にすると、少し恥ずかしい。照れてしまうような、むず痒い感覚しかない。
「ええから、続けて」
「何で?」とまた聞かれて、また困ってしまう。
 堪らず視線を逸してしまった先に、桜の木が存在した。まだ満開とまではいかないが、十分見応えがある。花びらの色は当たり前に、眼鏡の内側のフレームの色に似ている。
「春が来てる!」彼女が嬉しそうにいう。
「まだじゃない?」
「じゃあ、春よこい!」
 あと少しだよと応えるように、少し冷えた風が吹いて、木々が揺れた。まだ寒さが残っているが、満開になる頃には、暖かく爽やかな風が吹くことだろう。

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恋話な物語

書いてて恥ずかしい・・・。でも、辞められない!
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