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いい仕上がりですね。

果たして人生を自分の意志で決定して、切り開くことなんてできるのだろうか。人性はなるようにしかならない。あたふたしても無駄なのかもしれない。
かといって何もしなくては現状のままだ。そんなこと歳を重ねればわかっている。やりたくないけどしなくてはいけない。やらなくてもいいけどやりたい。
そんな二つを行ったり来たりしながら日々を生きている。

ボクが大学卒業後初めて就いた仕事はエロ系の出版社だった。そこでDTPデザイナーとしてセコセコ働いてた。
「なんかモノを創る仕事がしたい…」そんな気持ちをずっと持っていたから入社できて嬉しかったし、入社してからは毎月毎月、誌面作りに励み、時には文章やイラストを描かせてもらって楽しかった。会社の人たちもアル中や背中にお絵かきしている人や高価なハーブ愛好家といったステキで刺激的な方々ばかり。だいたいそういったハードコア側の人は、人生経験積んでいる分、未熟者のボクはには優しいのだ。

しかし、ボクが勤めて1年が経った頃、会社に暗雲が立ち込めた。
給料の遅延が始まったのである。
理由は部数と広告収入の低下。いわゆる出版不況である。

そもそもなんの実績のない新卒のボクが雇われたのも人材流出が著しかったためであったからだ。そもそもボクが雇われる時点ですでに会社の状況がヤバかったのだ。

そうとも知らずという新卒ボーイのボクは「頑張ればなんとかなる!!」という気持ちでモチベーションを下げず頑張って働いた。

しかしボクの先輩はそんな青臭い気持ちは持っていないわけで、良くしてくれた先輩編集者の方々はどんどん辞めていった。

編集者不足からデザイナーのボクに渡される取材データは遅れに遅れ、ボクは会社で寝泊まりする日が続いた。なし崩し的にボクは文章の執筆や取材などの編集業務にも携わるようになっていた。
「人手がなくてもボクがいろんな仕事をすれば、効率を上がるのでは…?」

そんな思いも虚しく。会社の先輩はボクにお金を借り出すわ、補強で入った編集者は入社数日で痴漢を働き、速攻お縄になるなど組織の体を成さなくなりはじめる。さらに悪いことを続くもので遅れていた給料も2週間、1ヶ月、2ヶ月と悪化の一途を辿り、新卒のボクの瞳の輝きは無くなり死んだ魚の目をしながら仕事をしていた。

貧すれば鈍するのだ。

会社に残ったのは新卒のボクみたいな立場が弱かったり他に当てがない最下層民と、社長、会長の側近の既得権益を教授する貴族の二層だけだった。そんなロシア帝国末期のような状況のある日のこと、ボク含めた負け犬たち数人で会社の喫煙所で愚にもつかない話をしていた。話す内容なんて会社の愚痴を初めとした不幸話ばかりだけでない。
負け犬同士、ささやかなジョークを言い合ってつらい状況を慰め合うのだ。

そこで誰かが身内の話をした。
「自分の叔父は歯が1本もないが、そのまま都内でタクシー運転手している」

みんな笑った。そんな奇人がいるのか!

それに被せるようにだれかがこう言った。

「いい仕上がりですね〜」
シニカルなツッコミ。灰皿を囲んで静かな笑い声があがった。

タバコが吸い終わるころには一時の慰め会は解散していたが、ずっとボクの心に「仕上がり」というワードが残っていた。

「仕上がる」。人に対して使うにはなんとも残酷でおかしい言葉だ。これ以上悪くならない。そして決して良くもならない状態。自分が世間の荒波に揉まれに揉まれて落ち着いた型。自己実現とは真逆の位置の概念。

あれから数年たった。もうその出版社はこの世にない。あれからいろんな職を転々としながらボクは今もセコセコ生きてる。

「やりたいこと」を始めただけではダメなのだ。
どうしようもないおおきな流れに飲まれて下へ下へ流されていく。下流の河原にあるちっぽけな小石になってしまう。

人生変わるようなミラクルもねえし、自分で起こせるとも思ってない。ただ日々のやらなくてはいけないことをして、やりたいことをやったり怠けたりの繰り返しで生きている。

ボクもいずれ仕上がるのだろう。
でもそれまでまだ若干時間がある。
やるだけやって歯無しの雲助になれるのなら、それでいいと思う。

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