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地方留学から考える、「自分の立ち位置を確認する」ということ

働き方改革が進められる今。みなさんの働き方には、何か変化が起こっているでしょうか? そもそも、どんなふうに改革されれば、みなさんはもっと豊かな働き方ができると思いますか?

このコーナーでは、「働き方」に関するさまざまな話題を取り上げて、「幸せな働き方って何だろう?」ということを考えていきたいと思っています。

■都会の子が地方に留学するしくみができています!

先日、無料塾の仲間たちとこんな話をしていました。

「子どもたちにはなるべく広い世界を見たうえで、将来を考えてほしい」
「今いる集団の中しか見えていないとなんとなく過ごしてしまいがちだけど、外の世界を知っていたら自分の頭で考えるようになるのでは」

高校受験の話をしていたのですが、東京にいると公立でも学校はすごくたくさんあるので、自分がどんな学力であっても「このへんのどこかに入れる」という安心感があります。その安心感が「必死に選ばなくてもいい」という、自分の頭、気持ちを使わない方向に向かわせてしまっているのではないか……と。

メンバーのひとりに、最近活発になってきている「しまね留学」などの地方留学を推進する活動をしている方がいて、「東京だけでなく、もっと選択肢を広くとらえてほしい」という話も上がりました。

しまね留学については私も2年前に取材をしたことがあり、地元の子と東京・大阪など都市部の子、教員、地元の企業やNPOなどが密にかかわりながら教育を受けられる環境はとても魅力的に感じました。地域資源をビジネス活用するなどの授業もあって、とても画期的な取り組みなのです。

19校が県外から受け入れ 島根県に“高校留学”する魅力とは
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/243369
(2年前の記事なので、ちょっと古くてごめんなさい!)

こういう体験ができれば、将来暮らす場所、働く場所や職業、働き方などを少し広い視野で見ることができ、「入れる高校に行けばいいや〜」でなんとなく進学するということがなくなるのではないかなと、私も思っています。

地方出身だと、中学生くらいから「将来東京に出る!」と、東京のことを調べたり、東京でどんな仕事に就きたいかを想像したりする子も多いと思うのですが(私もそうでした)、東京出身だとあえてそういうことを考える必要がないので、ふわっとしがちなのかもしれないな、と。

でもこの「自分の立ち位置を離れて俯瞰して見る」ということって、東京に住む子どもたちの話だけにとどまらず、社会人たちにもとても重要なことだなと、話していて改めて感じたのです。

■統計と自分の感覚を照らし合わせてみよう

たとえば、無料塾でボランティアをしていますという人は、こんな方が多くいます。

①別に死ぬ思いをして勉強しなくても、そこそこ偏差値の高い高校に入れた
②普通に進学塾に通っていた
③大学に行くのが当たり前という感覚だった
④正社員になれるのが当たり前という感覚だった
⑤自分が貧困に陥る気がしない(仕事はいくらでもあると思う)

私も①③④はあてはまっており(④は就職氷河期まっただ中だったので現実そうならないかもと当時は超焦りましたが)、いわゆるホワイトカラーと呼ばれるお仕事に就いている方が大半の無料塾ボランティアでは、このすべてに当てはまる方も多いと思います。(ただし他の無料塾代表さんだと、ご自身の苦しい経験から立ち上げられた方も多く、当てはまらない方も多いです。)

そうすると、子どもたちやその親御さんたちとの感覚にギャップが生じます。

「ちょっと勉強すればいいだけなのにどうしてやらないの?」
「大学に行ったほうがいいに決まってるのに、なぜ高卒就職だと決めつけるの?」
「非正規雇用から抜け出そうと思ったら抜け出せるんじゃないの?」

これはすべて、ポジショントークになります。自分がそうだから言えることで、そうじゃない環境で生まれ育ち、自分とは違う価値観を培ってきた人たちに、この手の「どうして?」はただの無理解としてとらえられてしまいます。

私も無料塾を運営し始めて気がついたのですが、人はつい、自分がいる場所が世の中のスタンダード集団だと思ってしまいがちです。でも、塾に通っている子どもの割合、大学進学者の割合、正規雇用・非正規雇用の割合、世帯年収や個人年収の分布などを見てみると、まったくそうじゃないことがわかるのです。(統計ってすばらしい!)

例としてこういうのを見ておきましょう。

民間給与実態統計調査 令和元年(国税庁)
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2019/pdf/001.pdf

令和元年の給与所得者およそ5255万1000人のうち、正規雇用はおよそ3486万1000人、非正規雇用はおよそ1215万1000人という数字が出ています。非正規雇用は世の中の働く人の3分の1以上を占めています。

平均給与は年間約436万4000円ですが、非正規雇用だけだと174万6000円。ただし所得は億単位の人たちが平均を押し上げているので、中央値(働いて稼いでいる人を金額順にずらっと並べたときの真ん中の人)はもっと低くなります。

階級別分布だと、300万円超 400万円以下の階級がもっとも多く、600万円超 700万円以下という人たちの2.5倍以上います。54.8%の人が400万円以下の年収ですし、300万円以下の人だと37.8%。世の中の4割近くの人が、年収300万円に届いていません。

先ほどの①〜⑤の感覚を網羅できる人たちの中には、「えっ、非正規ってそんなに多いの?」「年収これだけなの?非正規の人暮らせなくない?」と驚く人が多いのではないでしょうか。

■自分の世界がスタンダードだと、ビジネスも発展しない

こういうことを知らなくても、今の仕事をそのまま一生困らずに続けて天寿をまっとうできるならいいのです。でも、ビジネスをもっとうまくやろうと思ったり、社会を正しくとらえようと思ったり、世の中をよりよくしたいと思ったりする場合には、「世の中の構造」をもっと知っておいたほうがよいのではないかと思います。

ちなみに先ほどの統計は日本だけですから、世界のも見たほうがいいです。

世の中の構造がどうなっているかというのを知ると、ビジネスをやるときにも、ターゲット層をより正しくとらえることができますし、どうリーチすべきかも考えることができるようになっていきます。

自分の感覚がスタンダードだと思ってしまうと、「普通これ見るでしょ」「普通これ使ってるでしょ」みたいなバイアスがかかるため、「見たことない、使ったこともない、知らない!」という層がいることに気がつかず、機会をとりこぼします。

これは自分がどの層にいても同じです。「普通カップ麺食べるでしょ」と思ってカップ麺の話で盛り上がろうとしても、国会議員さんたちみたいな層にはあまり通じないでしょう。

所得だけでなく、年齢、国籍、ジェンダー、地域、あらゆる面でこれは同様のことが言えます。自分の文化や価値観が当たり前だと思うと、世界を正しく見損なってしまい、自分の機会を広げることが難しくなってしまいます。

冒頭の「しまね留学」のような取り組みがいいなと思うのは、地域にも、留学生にも、互いに視野を広げるチャンスが与えられるというところです。

都会の子は、地域にどのような文化や価値観が根付いているのかや、都会とは違うビジネスチャンスがあることを肌で感じることができます。東京にいたら「とりあえず行ける大学に行って……」「うちは進学できないから高校を出たらなんとなくコンビニか居酒屋でバイトして……」というような、ふんわりした「だいたいこうなるでしょ」という流れが、全然当たり前の流れではないことにも気づけるはずです。

別に地方留学じゃなくてもいいんですが、何かこう、世の中をもっと広く見るということができたら、その中にいる自分の立ち位置を意識しながら先々のことを考えられるんじゃないかな、と思うのです。

無料塾のボランティアはそういう意味では留学に似ているところもあります。私も団体を立ち上げていなければ、社会構造をじっくり見て感じるということはなかったと思います。自分の立ち位置を見誤ったまま仕事をしていたでしょう。

大人にも、いろんな形の留学があるなと思います。

世界の構造を感じるには、バックパック含めた世界旅行、いろいろなNPOへの参加などいろんな方法があります。大から小まで多様な規模や多様な地方が入り交じった異業種交流会もいいでしょうし、統計を見まくるのでもいいと思います。

少しでも多く、多様な情報を取り入れて世界を見てみると、何か面白い発想が生まれたり、突破口が見いだせたりするのではないでしょうか。


大西桃子
1980年生まれ。出版社2社、電子出版社1社の勤務を経て、2012年よりフリーのライター・編集者として活動。2014年より経済的に困難を抱える中学生を対象にした「無料塾」を立ち上げ、運営。

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