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総合的・俯瞰的に見て、物事を決断する練習

働き方改革が進められる今。みなさんの働き方には、何か変化が起こっているでしょうか? そもそも、どんなふうに改革されれば、みなさんはもっと豊かな働き方ができると思いますか?

このコーナーでは、「働き方」に関するさまざまな話題を取り上げて、「幸せな働き方って何だろう?」ということを考えていきたいと思っています。

■自分の仕事が、全体のどのポジションにあるのかよく見よう

日本学術会議で会員候補6人が任命されなかった問題で、記者会見や国会などで政府が「総合的・俯瞰的に判断した」という回答を連発したことが話題になっています。曖昧な回答ではぐらかすな!ということで批判を浴びているわけですが……。

とりあえず、この「総合的・俯瞰的ってどういうこと?」「なんでこの言葉を連発するの?」ということについては、こちらの記事が詳しいので読んでみてください。

学術会議問題 政府が連発する「総合的、俯瞰的」の本当の意味
https://news.yahoo.co.jp/articles/3d5271b7e2cb2b58f1c70c24dc0c212fd36266de

それはさておき、総合的・俯瞰的というのは、一般的には物事の全体を引いて見渡すということになるかと思います。

政府のこの答弁はちょっと納得がいかないものですが、ビジネスマンとしてはこういう視点というのはとても重要なことではないかなと思います。特に、将来的にリーダーとかマネジメント職に就きそうな人とか、すでに就いている人などは。

与えられた仕事や目の前の仕事だけ見て、それをやっていればそれで済むのは、若手のうちだけです。仕事というのは一人でできるものはほとんどなく、誰かと共働してやっとモノやサービスができあがることが大半です。

自分に役割が回ってくる前段階で役割を果たしてくれている人もいるし、自分が役割を果たした後に引き継いでくれる人もいます。

その結果、商品やサービスが世の中に出て、売り上げというものが生まれます。そして、自分の役割が、どのように売り上げに貢献しているのか。自分の役割が全体のプロセスのうちどこを担っているのか、自分の担当部分でスケジュールが遅れたり思うように成果が出さなかったりしたら、全体にどんな結果を及ぼすのか。そういうことを考えて動くくせをつけておくことは重要です。

仕事を総合的・俯瞰的に見ることができていれば、ラクになることも結構あります。

たとえば、トラブルが起こったときにどのように解決するべきかがわかるようになってきます。何が何でもフォローしないとまずいものなのか、それともちょっと後からいくらでも修正ができたり、全体にあまり影響を及ぼさなかったりするものなのか。

自分のところでスケジュールが多少遅れても大丈夫なものなのか、巻けば巻くほど後の人が助かって評価が上がるものなのか。あるいは、早く終わりすぎても次の人が困ってしまうようなものなのか。

総合的・俯瞰的に自分の仕事を見ておくことで、ひとつひとつの仕事にすべて「ヒィィ〜ッ」とならずに済むことって、結構あります。

そういえば雑誌の業界だと、編集者から〆切を伝えられたライターさんが、全体のスケジュールを総合的・俯瞰的に見て、校了日から逆算して「〆切、ちょっと早めに伝えられたな……遅れても大丈夫そうだな」と判断する……ということがあるあるだったりします。これはやめましょう、自戒も込めて(笑)。

もっと総合的・俯瞰的に見ると、そういうことが数回あると、将来的に仕事が来なくなったりします! ただし、総合的・俯瞰的に見ることで「万が一送った原稿に何かあっても、時間的には大丈夫そうだ」と心に余裕を持って落ち着いて原稿を書ける、ということもあるかもしれませんね。

■総合的・俯瞰的に見ると、即決できないことで迷惑をかけているかも……

総合的・俯瞰的に物事を見るということに関して、最近私は自分がこんな場面でイラっとするなということに気がつきました。

それは、飲食店で店員さんが注文をとりに来ているのに、ぱっと注文を言えないというシーンです。「えーと、えーと。ちょっと待ってください」……決めてから注文しようぜ!と思ってしまいます。だって、店内を俯瞰的に見ると、他にもお客さんが注文や会計を待っていたり、できあがった料理がまだ運ばれていなかったり、と、店員さんたち大忙しなわけです。

自分のグループでそういう人がいたら、ついつい「とりあえず今注文したやつで! 他はまた決まったら呼びます!」と言ってしまいます。こっちは客で、立場は違うんだから、ちょっとくらい待たせても…と思うかもしれませんが、一事が万事じゃないかと私は思うのです。

自分のやるべきことさえやっていれば、周りの人がより仕事がしやすくなるようになんて考えなくてもいい、みたいな考え方も似ていると思います。

別に店員さんを待たせることも、自分に与えられた仕事だけをこなすことも、そんなに悪いことではないとも思いますが、自分以外の人がどう動いているのか総合的・俯瞰的に見られない人がマネジメントする立場になったら、きっとすごく困るはずです。

誰か一人の行動が、周りの人たちの行動のスムーズさや心地よさにどうつながっていくかということを考えられないと、チームを動かしていくというのは困難です。

また、飲食店の注文の例でもうひとつ言うならば、「即断する」ことができないのって、仕事やチーム運営においてはわりと足を引っ張ることになると思います。もちろん、ある程度吟味して考えるということは必要なのですが、早く決められずに待たせている間に、誰がどう感じているか。他の人の時間が圧迫されていかないか。早く決めてもらったらどれくらいラクになるのか。

即断するということも、全体の動きをスムーズにするためにはとても大切なことです。

■優柔不断を直すにはファミレスでの練習がおすすめ

かく言う私も、わりと優柔不断な人間です。誰かと食事に行くとき「何が食べたい?」と聞かれると、つい「何でもいい」と言ってしまいがちです。これは相手が食べたいものをという気持ちもあるんですが、相手にとっては迷惑な話であることもわかっています。

ここ数年は、こういうときにはなるべく折衷的な答えとして「お肉」「魚」などの食材か、「和食か中華」といジャンルか、「カウンターのある店」など店のつくりで答えるようにしています。(どうしても行きたいお店があるときには、言いますけど)

また、無料塾の運営についても、コロナ禍においてイベントをやるべきか、まだ待つべきか……など迷ってすぐに決められないことがたくさん出てきてしまいました。やることが多くて後回しにしてしまったこともあるのですが(言い訳)、結果決断がギリギリになってしまったことも。早い段階で予定できていれば参加できた人もいたはずなのに、ということもちょこちょこありました。申し訳ない……。

即断する。これは私の中で大きな課題です。

これを練習するには、私はファミレスに一人で行くのが一番いいと思っています。なぜなら、私が一番即断できないのがファミレスだからです。そもそものメニュー数が多いし、似たようなものも多いし、どれもオイシソウ! 他の人がいればその人の頼んだモノを参考にしたり、分けてもらったりすることもできますが、一人です。いつもなかなか決められないんです。

でも、5〜6品まで候補を絞ったらもう呼び出しボタンを押してしまう!店員さんが来るまでが勝負!というふうに私は練習しています。

店員さん到着までに決められなさそうだったら、ピンポンを押した瞬間から「どちどちどちらにしようかな、天の神様の……」と心で唱えながらメニューを順繰りに見ておきます。到着のタイミングで見ていたやつを頼めばいいんです。

ファミレスのメニューでちょっと「違ったかな」と思ってもまた次に来ればいいし、人生において大きな失敗ではないし、そもそもだいたい美味しいわけですよ。いい練習になると思います。

自分の行動を、総合的・俯瞰的に見ることと、決断を早くすること。これがすんなりできる人って、本当に仕事がよくできます。逆に、どちらかでも苦手にしている人は、他の部分では仕事ができているのに「できない人」に見られてしまうことが多いです。損です。

多少ミスってもよさそうな仕事以外の場面で、この力を磨くべく、訓練しておきたいものですね。

大西桃子
1980年生まれ。出版社2社、電子出版社1社の勤務を経て、2012年よりフリーのライター・編集者として活動。2014年より経済的に困難を抱える中学生を対象にした「無料塾」を立ち上げ、運営。

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