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松山奇談 八百八狸Ⅸ

第 九 席

直治郎君御名代の亀丸は若くして、砲弾によって溺死してしまいました。

奥平久兵衛始め悪人どもは、
(片付いたり)
 と、悦んでいると、早朝に、
『御用あり、これにより罷り出ろ』
 との御沙汰、久兵衛は、
(大砲の事についての呼び出しに違いない。例年御入国の際は空砲なのに、今回は弾を込めて打ったので、その相談だろう)
 と考え、安心して登城しますと、若侍供が間毎(まごと)間毎の固めに奔走しています。

久兵衛は、
(これは当然の事)
なぜなら、
(直治郎君と共に乗り込んだ人々が、溺死または砲弾に触れて死んでいる。それ故に斯(か)くの如きだ)
 と思いながら、両手を付いて上座を見ますと、一段高い所に直治郎君が着座している。

また、左に城代の大道寺矢柄之助、右手に水野吉右衛門及び水野藤右衛門らが、ずらりと居並んでいます。

久兵衛は驚き、
(何故、直治郎君がここに着座をしているのだ)
 と、思っていると、直治郎君が、
「久兵衛、その方、儀父の病気手当をしてくれている事、嬉しく思うぞ。直治郎も昨夜帰城を致した。何か、今朝承れば、三津浜で手違いのあったという事じゃが、どうじゃ」

「御意に御座います。夜中に御着に成られた事、一向に弁(わきま)えず御出向かえ出来なかった事、平にご容赦願います。御無事の御着大慶に存知奉ります。
 つきまして、今朝の事は未だ何者の仕業か、係の者が取り調べ中に御座いまして、分かり次第言上仕ります。御父上様御病気も追々回復に向かっているように思われます。大慶に存じます」
「満足に存ずる。万事その方に相頼む…」
「畏まり奉り候」

かたわらより大道寺矢柄之助、水野吉右衛門、水野藤右衛門が口を揃えて、
「久兵衛殿、直治郎君は目出度く御着に成ったが、空砲のはずが大砲に弾を込めて打つなぞ容易ならざる事だ。何か御家に仇なす輩がいる。精々御身取り調べを頼む。御身も老職の一人ではあるが、直治郎君の御沙汰もあるし、そこもと取り調べを頼み存ずる」

久兵衛は心中で、
(露見はしていない)
 と、安心して、
「委細畏まり奉る。御暇を蒙ります」
 と、立って次の間へ行こうすると、大道寺が、
「久兵衛、待て」
 と、声を懸けると、左右から若侍十人が、
「上意」
 と、呼び掛ける…。

「何故あって拙者を…」
「汝の大望露見致した。直治郎君御下知だ。縄に掛れ久兵衛」
「ハッ」
 と、捕りつく十人の者と御取巻を五六人を投げたが、遂に組み伏せられ、上下を取られて縄を掛けられた。

久兵衛はどうした事か、調なしで船牢へ送られることになりました。尤も、この船牢は三津浜から海上に十里ばかり出た所にある浮洲で、俗にいう『水牢』です。久兵衛は後悔しましたが、最早致し方のない事でございます。

久兵衛の家来の雷介は、悪人とはいえ主人と思っていますので、
(御主人は登城なすったきり今日で七日、下城がない。はて、不思議な事だ。俺は小者だが予てご意見をした事がある。身に間違いがなければよいが…。こうしていても気が塞いでしようがねえので、酒の一杯でも飲んでこよう)
 と思い、表へ出て三津浜海岸へ行き、一軒の居酒屋へ入り、
「こりゃ、皆飲んでいるね」
 というと、傍で飲んでいた五人連の仲間が、
「盗人が来やがった」
「こんな盗人がいる処で、酒を飲んでいても旨くねえから、帰ろうぜ」
 と、口々に言った。

「おいおい、お前達、盗人なんぞと俺の事を言ってもらったら困るじゃねえか。俺が葛籠(つづら)でも背負い出した処を見た事があるか」
「葛籠背負い出した処は見た事はねえが、十五万石の家を取ろうと、殿様を殺そうとしやぁがるのは盗人よりふてぇや。そういう主人を持っていりゃぁ、盗人ぐらいしやぁがるだろう」

「何を、お前達は寄ってたかって、俺の旦那様がそんな悪い事したというのは、どこで知った」
「べら棒め、捕縛られやぁがって、船牢送りになったろう。俺達はもう知っているんだ」
「我は何か見届けたのか」
「見届けなくって、べら棒め…」
 雷介は心中で驚き、知らぬふりをして笑った。

「おい酒を一合付けてくんな。肴は何でもいい」
「喧嘩をなすっちゃぁいけません。双方とも御勘弁なすっておくんない。へい、お待ちどう様で御座います」
 と、酒と肴を持って来たのを見て、仲間達は、
「おい、勘定してくれ…。幾らだ」
 といって、勘定を済まし、五人は口々に色んな事を言いながら帰って行った。

雷介は一人酒を飲みながら、
(これは一大事だ。奴等が言うのが本当なら、酒もおちおち飲んでいられねえ。悪い事は出来ねえもんだ。奥様に御話をして何とかしよう)
 と、忠義者の雷介は一人頷き、
「おい若い衆、勘定。幾らだ」
「有難う御座います。お早いんじゃぁ御座いませんか」
「用があるので帰える。これで取ってくんねえ」
 と、銭を出した。
「有難う御座います」
 と、勘定を受取り、
「へい、御帰り…」

雷介は考え考え邸に帰って来ました。家老の邸だから奉公人もかなりいます。その中で、この雷介は身分は賤しい在所の生れで正直者、それゆえ、夜中でも奥へ入る事を許されています。

「奥様」
「雷介かえ、お入り」

「奥様、殿様が船牢へ送られたそうで御座います。私はこれから船牢に行って、旦那様を御助けしようと存じます。
だけど、この御邸へ御連れ申す訳にはいかないでしょう。直ぐに、人目を忍んで何れかの里にでも…、例えば、山にでも御隠し申して御報せを致しますので、その時に御会い遊ばせ。
旨くいけばよいのですが、厳重な船牢の事、仕損ずれば、この世との御別れで御座います。どうか旦那様の事を思っての事で御座いますので、私になさると思わないで、御手当の金子と脇差一腰を頂たいと存知ます」

「あぁ、いと安い事。金子百両で旦那を助けてくれるとお言いだから、『島田の住人義介の鍛えた一刀』をお前にあげます。だが、旦那様の大小だの、召し物なぞはどうしたもんだろうね」

「左様ですね。それは百両という大金がありますので、御助けしさえすれば、大小や着物は出来ますのでは大丈夫です」
「じゃぁ、どうか、なるたけ御連れして下さい。私も御目通りしたい…」
「畏まりました」
 といって、雷介は出て行きました。
 
和田ヶ崎という所に来て、
(船を出さなければいけないが、三津浜から出すのは、表向き中々来ない)
海岸をブラブラとしていますと、一軒の納屋で博打をしています。中では、漁夫と百姓がドンドンやっていて、その中に茫然と腕を組んで考えている男がいます。大方、全部取られたんでしょう。この男は荻の村の百姓で、今は漁夫をしている藤吉です。

「おい、俺も十両という大枚の金を取られ、こう、ぼんやりしている。お前達は寄ってたかって面白そうに勝負をしていらぁ。人間なら金の二両も出して『藤吉さん御使いなせぃ』と言いやぁがれ」
 と、手を出しますと、

「うぬに貸す銭はねえ、どうせ貸したって返したことはねえじゃぁねぇか」
「この畜生に貸すくらいなら、溝へ放り込んだ方がましだ」
「大勢で…、貸した事もねえ癖しやぁがって、返さねえと、ぬかしやがる」
 といって、突然、中の一人をぶつと、

「野郎、殴りやがったな」
 と、五六人と組打が始まって大騒動、見ていました雷介が飛込んでいき、双方を引き分け、
「藤吉、手前もよくねえ。皆、どうか一人だ。堪忍してやってくれ」
大勢口を揃えて、
「雷介か。手前に任してやる。そのかぼちゃ連れて行ってくれ」
「かぼちゃとは何だ…」

「よせよせ」
 といって、手を引いて出て、
「幾ら負けたんだ」
 と聞くと、藤吉は、
「なぁに、三両程負けたんだ。何しろ雷介兄い、有難い一盃飲もう」

「何にしろお前に金を貸してやる。返えさなくってもいい金だ」
「そいつは有難い。返えさなくっていい金なら何百両でも借りてえ」
「五両お前にやろう」
「五両…。それは豪勢だ」
「その代り頼みがある」
「五両も貰らやぁ、恩人だって殺せと言えば殺す。火を付けろと言えば火も付ける」

「そんな事じゃねえんだ。船を一艘出してくれ」
「それは承知した。ところで何処へ行くんだ」
「船牢へ行って旦那を助けるんだ」
「旦那助けると聞きゃ、猶さら力瘤(ちからこぶ)が入る」
 といって、藤吉は海岸へ出た。
船が何十艘となく引き上げていて、これは漁場の常でございます。
「雷介兄い、道具を取ってくるので、少し待ってくれねえ」

程なく、藤吉は何処から取って来たか、艪と櫂、それに竿などを持って来て、
「力を入れてくんなよ」
と、船の舳へ手を掛けて押し出すと、ひらりっと船に飛乗って、十里沖合の船牢に着きます。

不思議な事に役人達は皆寝ています。天の助か、雷介に忠義をたてさせる為か、手応えがまるでありません。不思議に思い、船牢の傍に行って牢内を見ると、向こうの隅にいるの間違いなく主人の久兵衛です。

「旦那、雷介で御座います。御助けしに参りました。今格子を破りますので御出で下さいまし」
 といい、格子を削り、何処をどうしたのか格子を二本外して、久兵衛を中から引き出しました。久兵衛は何も言わずに涙にくれています。

船に連れ込み浜へ戻ると、藤吉に礼を言いまして、辺りを見ますと、夜はすっかり更け渡っていて、人っ子一人いません。
(御邸に御連れして奥様に合せよう)
「殿様、しっかりなすって下さい。直ぐに奥様に御合せします」
「有難い…」

 裏手にある庭の非常門から入り雨戸を叩くと、奥様は、
(雷介が主人を連れて帰って来る)
 と、思っていましたので、非常門を開けて待っていて、直ぐに出て来て戸を開け、
「雷介かえ…」

「はい、燈火を御持ちなすっておくんなさい。それに思召し物と大小を」
「承知致しました。ここに取り揃えています…」
雷介は背負ったまま上がり、殿様を傍に置きました。

奥様は燈火を持って来まして、
「御前、御気を確かに御持ち遊ばせ。なぜ伏していらっしゃいます」
傍から雷介が、
「旦那様、奥様で御座います」
 というと、奥様は傍へすがって、
「如何遊ばしました」
 といいながら、よくよく見ると、
(こは如何に)

海草が一纏(まと)めそこにあり、吃驚しまして、
「をゃあ、これは海草だ…」
 といって、雷介に向かい、
「その方はわらわを偽り、海草を背負い来たか。不届き者め、女と侮って大金を取ったね」
 といって、打ちました。

「私も只今見て、海草と初めて気づき驚いています。私が奥様から百両頂き、脇差迄も貰い申して、太い了見なら既に逃げてます。これは御当家にいる狸の仕業だろうと思います。申訳に切腹します」
 と、諸肌を脱いで腹一文字に搔き切りました。

奥様が暫らく呆れていると、傍らから声あり、
「雷介の忠義、奥方の志のよきに依って、久兵衛は罪を減じて下さることにしてやる。我神通力で雷介を謀り、海草を背負って来させたのだ」
雷介はすでに腹を切っており、返答はありません。奥様は泣き入り、
(どうしよう)
 と、途方に暮れるばかりでございます。

話変わって、城中では老職方が奉行・目付を始め各役付きの人々を集めて評定を行なっています。

先ず、奥平久兵衛が悪事の張本人で、これは船牢に入れましたが、他にも分っているのは、小林喜三郎、平松為治郎、赤井源八、脇坂五郎左衛門、江戸表の医師の松本道斎、及び代官万太夫がいます。

城代の大道寺が、
「御一同、あと善悪が判然としないのは、後藤小源太だ。しかし、久兵衛に大悪があるので、取り押さえて一つ吟味せずはなるまい。ただ、奴の剣は勝れているので、必死になられると多く犠牲者が出ると存ずる。これは如何致したものか」

水野吉右衛門が進み出て、
「如何に腕前が勝れていようと、召し捕りに向わずんば、相成るまい」
突然そこへ、小役人がやって来まして、

「申し上げます。只今、菩提山長久寺の役僧が寺社方へ訴え出まして、『今朝、寺男が山を見廻りに出ました時に、[小松原の中に一人の侍が切腹をしています]との届けがありましたので、納所役僧と住僧までが行って、その武家の面体を改めました処、後藤小源太殿で御座いました。この段、御届申し上げます』との事で御座います。如何に取り計らいましょう」
 と、言ったので、寺社奉行の野村善右衛門が、
「只今、小役人が届け出ましたが、手前が出張して様子を見届けましょう」
「その儀尤も、吉右衛門殿、大儀乍ら同道下されまいか」
「承知致した」

両人は下役人を連れて菩提山長久寺へ行きますと、往僧が出迎え、前届けた通りを一々説明してくれたので、
「然れば、その切腹の場所へ案内致してくれ」

吉右衛門、善右衛門の両名は、往僧、納所役僧先に立てて、寺社下役三名を連れて行き、よくよく様子を見てみると、疵(きず)は未だ判然とはしませんが、切腹をしている様です。また、周辺の小松が五六十本切り倒されていました。

吉右衛門は心中で、
(召し取りに向った訳でもないのに、どうしてここに来て腹を切ったのだろう)
「往僧、夜明け方の届だと申したな」
「ヘイ」
「前夜にここで切腹した位だから、何か、騒ぎでもあったのではないか」
「一向に気付きませんでした」
「左様か、おかしいのぉ」

寺社係の下役人が小源太の死骸を改めると、腹を一文字に切っていて、他には疵がありません。尤も脇差は傍に鞘ごと放り出していて、腹を切ったと思える刀の切先には松脂がべったり付いており、どうも松を切ったようです。

「追って沙汰を致すので、御往僧、迷惑ながら死骸はこのままして置いてくれ。頼む」
「畏まりました」
一同が帰ろうとしますと、小役人が、
「申し上げます…」
 といって、案内しましますと、
「これは何だ」
平松為治郎と、赤井源八が刀を持ったなりで倒れています。
 
長澤村の万太夫は夜明けの騒音に目を覚まし、
(こは如何に)
百姓達、七八百人が表門を叩き壊し、玄関の戸・唐紙・奥の障子など悉く打ち壊して入って来ます。役人は逃げたのか、隠れたのか、いません。

万太夫は刀を堤て、大音声で、
「百姓共、何と心得る。不届き者が、静まれ」
 と、怒鳴ると、
「お前はこの村で猟人と、定使(名主・庄屋から村民に対して触れ・人足・夫役等を伝達する役)を兼務していたくせに、娘のおこんの引きで代官になった位で威張りやぁがって。もう助からねえぞ。我を捕らえて磔にしてやる。覚悟しやがれ」
 といって、飛掛り無法無三に取り押さえて、裸にし、表へ担いで出た。

ひとりが、
「どうしましょう…」
 と聞いたので、長老が、
「こいつは門の前の欅(けやき)の木に括り付けて、竹槍で突くがよかろう」
 といい、
「よう御座います。突きましょう」
「俺が一番だ」
「いや、俺が…」
 と、いい争いが始まり、縛られた万太夫は泣きながら大声で、
「どうか助けてくれ」
「助けねえぞ。今、突いてやるからな」

「おいおい、皆さん」
 と、一人の男が飛んできます。
それは御城下本町山内源内の手代新助で、
「おや、新助さん。何しに御出なすった」
「万太夫を殺すと聞いたので、こいつは主人の家の仇だ。一番鎗を突かしてもらいたい」

大勢が口を揃えて、
「番頭さんに一番鎗を入れて貰え」
新助は大いに悦び、竹槍を借りまして、
「万太夫、よく聞け。罪なき主人に罪をきせ、領分を追い払い、金銀・着類・地面その家土蔵までも残らず取上げて、難儀をさせている。主人に代わってこの新助が一突き突くから、思い知れ」

竹槍を左の脇腹へ十分に突き差した。万太夫の苦しみ様は半端ではございません。その後、大勢が手当たり次第に突き、百姓達は鬨をつくって解散しました。

この事を城中に届ける役人は、心中では悦んでいましたが、表向きは、百姓が代官を突くというのは、捨て置く訳にはいかず、早速調査に取り掛りました。

さて時間を少し戻しますと、小林喜三郎は父の喜内を心配して、書を残して切腹しました。また、平松為治郎、赤井源八の両人は事件が露見した朝、互いに相談して、

「どうしよう、赤井殿。どうも奥平様は取り押えられたらしいぞ。我らも枝葉とはいえ協力した者だ…。逃げようじゃぁないか」
「いいだろう」
 といって、ふたりは旅の装いに替え、こっそり逃げ出しました。三津浜で船を雇うにも出してくれそうにもなく、陸路で隣国へ行き、そこから渡るしかありません。

二人は急ぎ足で、
(凡そ二里歩いた)
 と、思った時、平松為治郎が、
「赤井、三里は歩いたろう。この位急いでいれば大丈夫だろうが、猶(なお)、急ごう」
「おいおい平松殿、三里も歩いたにしては、あれは菩提山じゃぁねえか」
「冗談いうな。道後の温泉の山はとうに越えているはずだ」
「それでも菩提山のようだが」
「そうだな。菩提寺の御本堂のようだなぁ、不思議だ」
「不思議だ」
 と、両人がいっている処へ、凡そ五十人程の役人が大刀を携え、十手を持って、

「御用」
「御用」
 と、取り巻いた。両名は刀を引抜いて、
(手当たり次第に切り捨て、切り抜けよう)
 と思いましたが、体が疲れて倒れました。

小役人が本堂の傍を通ると、平松為治郎、赤井源八の両名が刀を持ったまま倒れています。申し渡しがあったので、寺社奉行と下役の両名を案内した上で、厳重に縄をかけ、背中を打って、
「しっかりしろ」
 というと、両人は気を取り戻してみると、縄に掛けられています。

「神妙に致せ、其方達は何故、この山で刀を持って倒れていた」
「恐れ入ります。私は赤井源八と相談して逃げ出し、三里ばかり歩いたと思いましたが、どういう訳か、ここで五十人程の取り方に囲まれました。抵抗したのですが体が疲れ果て、倒れまして、斯くの如く…。恐れ入ります。この上は、御上様にてよろしく御取り計らいを願います」

役人両名はその事を寺に報告し、両人を召し連れて重役に差し出しました。
これで、脇坂五郎左衛門を始め、全て取り押えることが出来ましてございます。

そこで船牢に入れている奥平久兵衛の処置ですが、重い罪が科せられる処ですが、家柄の者であり、大川大八という者に申付けて、首を切り死体は取り捨てましてございます。

家名の取潰しは勿論の事。妻は領分から追放されましたが、親類の者から金銀を送って貰い、夫の菩提を弔っているとのことです。
他の者は打ち首、又は切腹、追放等になりましてございます。

ある夜、九つの鐘が時を告げると、夜詰めの者が居眠りを始めまして、直治郎君が御父上の病気全快を祈っている処へ、両手をついた山内輿左衛門の姿が現れ、

「今度、悪人共滅び恐悦に御座います。大殿様の病気は全快致させます。要之助様という貴方の義理の御舎弟は、どうか菩提寺長久寺にて御出家させてください。

彼の後藤小源太という者は私の神通力を以って長久寺へ引き出し、召し捕りに向ったよう見せて、多くの松を切らせると、体の疲れで自ら腹切って死にました。

また、万太夫と申す代官は悪人故、これまた、私が神通力を以って、我が眷属を大勢の百姓にして殺させました。
何卒、山内源内の財産は本人へ残らず返して下されますよう。また、元の住居も与えてくれますよう、偏に願い致しまする」

この時、直治郎君が、
「願い、すべて聞き届けて遣わす。また、汝にはこの国の守護の者と致し、大祭を取り扱って遣わす。猶、領分に間違いがある時には予に知らしてくれ。頼み存ずる」
「有難く、承知致す」
 というと、かき消すようにいなくなった。

翌朝、一同が登城すると一堂に集め、若殿が前夜に狸が言った事を申し聞かせると、大道寺矢柄之助が進み出て、
「山内輿左衛門の姿になり、隠神刑部という狸が来たのならば、仰せの通り大祭を行なってもよいかと…。山内輿左衛門の霊でもあり、大忠の人なので、上へ願って祭ってあげましょう。これにて御家も安泰で御座います」
 と、いったので一同は安堵した。

そこで、芸州廣島の住人、井野武太夫という者に依頼して、隠神刑部神の大祭を行なった。これによって、諸々の利益を授かるようになったとのことでございます。

この狸様というのは芸州廣島にもあり、伊豫の松山にもこの様にありますが、何れが先で何れが後かは、分り兼ねます。
山内輿左衛門の霊については、公儀へ願い出て、山内神社を三津浜に建てましてございます。

悪人は概ね召し取り、病気だった殿様は全快したのをきっかけに隠居願いを、直治郎君は相続願いを提出して、共に認められてございます。

水野吉右衛門は仲間の市助を自分の養子にして相続させ、江戸表の老女、菊の井さんは花子の娘、つるを屋敷に呼び寄せ、万事を仕込み、願い上げて、菊の井の跡目を継がせました。山内源内は以前の家へ戻り、新助を養子として相続をさせてございます。

これにて松山奇談、大尾(全くの終わり)となりましてございます。


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