ぼくの社会性エミュレータ

ぼくのだいすきな社会性エミュレータ
ぼくのつくった社会性エミュレータ
とってもだいじにしてたのに
こわれてでない音が、仕草が、ちょっとした世間話が、他人との距離感が、言語が、言葉が、詩が
ダメだ!再起動してもダメだ!
落ち着いて!一旦バックアップを取ってからリセットするのよ!
ダメだ!何をやってもダメだ!いくらやっても社会性をエミュレート出来ていないじゃないか!なんだこのポンコツは!これが僕の22年かけて身につけた社会性なのか!?およそ22歳の人間が持っている社会性とは言えないじゃないか!
諦めるな!エミュレートを続けるんだ。エミュレートをやめたら、僕が全くの狂人であることがバレてしまう!没個性的な狂人であることがバレてしまう!
くそっ!これも悪の秘密結社日本年金機構の仕業なんだ!日本年金機構から発せられる毒電波のせいなんだ!あんにゃろ、ちょっとばかし免除申請が遅れたからって物騒な書類送ってきやがって!いてこますぞ!
早く部屋にアルミホイルを敷き詰めるんだ!奴らの毒電波をシャットアウトするんだ!
よし!社会性エミュレータ再起動!「普通の人」を僕の上でエミュレートしてくれ!これで僕は狂人なんかじゃないぞ!大手を振って街を歩けるぜ!
気になるあの娘に好きと言うぜ!
すきすきだいすきちょーあいしてる!
あの娘の家のポストにお気に入りの絵本を入れちゃうぜ!ひひっ!
おほほほほほほ……

ぷすっ

おっと、すまないねえ。「また」か。
もう大丈夫だ。頸動脈に直接、とびきり強いやつを、ね。
君はあれかい?こいつの友達かい?まさか、恋人だなんて言わないだろうねえ?
……よかった。単なるちょっとした知り合いかい。
私?私はね、エミュレートマンだよ。彼が開発した社会性エミュレータによって、「こいつが考える常識的社会的な普通の人」という人格をエミュレートしているんだ。
こいつはねえ、ちょっとばかしかわいそうなやつでねえ。ま、珍しい話ではないんだが、頭が「コレ」でねえ。言うまでもないかい?
だからこいつが社会で、世間で生きていくためには、エミュレータが必要なのさ。社会的な仕草とか、「察し」とか、他人との距離感とか、そういう「普通の人」が持っている言語を擬似的に再現するんだ。
なぜそんなことが必要なのかって?こいつは22年と6ヶ月かけても自然に社会性を身につけることが出来なかったのさ。こいつに出来るのは、日々「普通の人」を観察して、その仕草や言語をメモし、エミュレータに入力することだけなんだ。
そうして新しい情報が増えるたび、こいつの代わりに世間を歩く私の社会性が研ぎ澄まされていくのさ。そうしてやっと、こいつは一応俗世間に籍を置くことが出来るってわけだ。
さあ。もう遅い。あんまりこの狂人の側にいるもんじゃないよ。なあに、エミュレータが必要なのは何もこいつだけじゃない。君も就活の時とか、わけのわからない問題をいくつも解いたり、バカみたいなスーツと髪型で、内心世の中ってものをバカにしながらやってたろう?それでいい。それでいいんだ。余計なことは考えるな。そういうものさ。こいつのようにはなるなよ。皆、そうやって我慢して生きているんだ。こいつのワガママがすぎるだけなのさ。
同情するなよ?こいつは今幸せな夢を見ているんだ。狂人の理想郷・パノラマ島の夢をねえ。
そこには学校も試験もなんにもない。日本年金機構もなければ、毒電波もない。もちろん、就活もね。ちょっと憧れたかい?やめときなよ。憧れるうちが花さ。
私かい?私はこれからも、こいつと一緒に生き続けるよ。限界が来るその日まではね。私はそのために生まれたんだ。正義のヒーロー・エミュレートマンとしてね。ただ弱いだけの、生きる資格の無いこの矮小な生き物を生かすため、私は生まれたんだ。
今回のことは、事故みたいなものさ。もう大丈夫だ。こいつも私も、もう二度と君には関わらない。
さようなら。
サヨナラ。

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