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小説|ピリオド case4


息子は優秀だった
18歳最短ルートで国の特化試験をパスし職務についている

私は歯科医として働いていたが虫歯にならないキャンディーが発明され、歯医者の需要は激減、給料は減り、歯のメンテナンス営業を兼ねた往診に走り回る生活となった
家族には苦労をかけた
妻は結婚した当時、こんなことになるとは思っていなかっただろう
息子は私が不甲斐ないせいで子供の頃はいじめられていた
しかし私は見て見ぬ振りをして少しでもお金を稼ぐため仕事だけをした
気づけば息子の給料は最初から私の半年分の給料をゆうに超え、もはや私の存在意義はなかった
けれど息子は私の誇りである
自分の子とは思えないほどに賢く、聞き分けがよかった
文句ひとつ言わず、家を建ててくれさえした
妻と息子のすすめで私は仕事を辞めた
生活をするには息子の給料で十分すぎるくらいだったからだ
私はやることがなくなって毎日本を読んだ

ある日、息子が妻との旅行を提案してくれた
私と妻はずっと行きたいと思っていた富良野に行くことにした。夏の北の大地は青々として広大で、美しかった。こんなに肺いっぱいに空気を吸えるのかと驚いた
ラベンダーの香りが空気を伝って届いた
妻も大変喜んだ
久しぶりに会話という会話をし、妻のほころぶ笑顔をみた
私の息子がくれたとても幸せな時間だった

月日は穏やかに、あっという間に流れた
息子は転勤になり年に一度帰ってくるようになった。転勤先は教えられないとのことだった
息子が25歳になった時、寿命申請について聞かれた
私も妻も申請はまだしていないと言った
そして息子には私たちより先に申請はするなと諭した。息子は相変わらず物分かりがいいので親不孝になることはしないと約束をした

月日はゆっくりと流れた
昼か夜かもわからないほどに
妻と口喧嘩が増えた
更年期に入ったのかもしれない
妻はよく泣くようになった
息子が最後に帰ってきたのはいつだろうか
わからなくなっていた

***
俺はいつものように定員一杯のカプセルの処理を行っていた
同じ作業の繰り返しを20年間続けている
データを取り、冷却処分 
ただ今日違うのは私の知っている人物が来る
父と母だ
母から連絡を受けたのは先月だった
アルツハイマーの父との生活は限界だと
楽しい記憶のある富良野に行き、その最寄りの虹の家を申請したと。
俺は医者として父を何度か見たが回復の兆しは見られなかった
治らない病気はほぼないとされる昨今に、珍しい事象だった
父を見ていると、治ることを拒んでいるようにも見えた
治療訓練をすすめても頑なに断られた
それでもただ生きていて欲しかった
俺の唯一つながりある人間は父と母だけだったからだ
だけど母を止める理由が思いつかなかった

幸い虹の家のノースポイントを選択したことを知ったのでその日は24時間勤務することにした

そして2人が現れた
母は嬉しそうに泣きながらラベンダーを手にしていた
隣り合わせのカプセルにそれぞれ入っていく
俺は残寿命データを抽出し、冷却処分のスイッチを押した
スイッチを押すのは一瞬だった

2人にもう会えることはない
何回繰り返したかもわからない作業に手が震えた
俺は医者になったのに処分をしている
金を稼いでも使う相手がいなくなった


そして俺はカプセルに入った

#ピリオド

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