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パラリンピックに想う

パラリンピック皆さん観ておられますか?

私はびったしテレビを見ることはないので、時々みて、よくはっとさせられます。

今日これまでの振り返りのダイジェスト版で選手の方お一人お一人、すごく輝いている姿を見てなんだかわからないけれど、すごく柔らかい光を放っている方々に心打たれてしまいました。

色々な境遇から立ち上げることを選んで今がある、と思うと応援せざるを得ない。

これまでの日本の障害者観と言うと戦時中、いえ、戦時前から障害を持った子どもを授かった時から殺してしまったり、家の家畜小屋で育てられたり。

今もそういう状況は変わっていないところもあって、孤立した状態、変わらず苦しんでいる人たちは多くいる。

親を含めて社会の負担がかかる、そういう面もあって難しいですが、もし、「間引き」と言われることがなく、環境が適応していっていたら、どんな社会になっていただろう。

今はそれを思えるだけ豊かになっているのだと思うし、技術的に良くなってきたことがあると思うのだけれど、障害あるなしではなくきっと支え合う環境が普通になっていたんじゃないかな。



そして地球はもっと優しかったんじゃないかな。


だってあんなに柔らかい光を放っているんだもの。

とはいえただの理想論で、問題は山積みですが。

8月24日の天声人語にあった「日本パラリンピックの父」と言われる中村裕さんの言葉を載せて終わりにします。(中村裕さんは障害者自立支援施設として「太陽の家」を創立しておられます)

「失ったものを数えるな 残ったものを最大限に活かせ」








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