2歳児が作った平成最大のギャグ

願いは?

そう聞かれたら、ギャグと答える。だって、目の前の2歳児がほくそえんでいるから。手にしたお気に入りの水筒(ハローキティのイラスト入り)を抱えたままじりじりと歩み寄るその黒いおかっぱ頭。甘酸っぱい汗の匂い。前情報によると、平成最大のギャグを作ったらしい。

「この子ね、昨日の夜すごかったの」
と、問題の2歳児のお母さん。知り合いだ。もう1年くらいのつきあいになる。

「ドイツ語でおやすみを言ったんですか?」

「違う、違う」
お母さんは顔の前で手をぶんぶん振って笑った。
「ギャグよ、ギャグ。この子、最近ギャグを言うようになってね」

ぎゃははとお母さんは膝の下で畳を叩いた。
縁側からすうっと風が入り込んでくる。ここは子どもを持つ親たちが集まる子育てクラブで、まだ早い時間だからか僕らの他には誰もいない。

お母さんは子どもの肩を指でちょんっとする。
「ほら、キムラさんにも言ってごらん。昨日のやつ。平成最大のあれ」

おかっぱの子がすっくと立ち上がった。前々から思っていたけれど、ソフトバンクの犬に似ている。かわいい。

「ちゅー」

もちろん、犬の鳴き声じゃない。なぜだか知らないけれど、その子は水筒を抱えたまま口をタコのように突き出して「ちゅー」と言ってくる。これもギャグの一部なんだろうか。それとも、ただたんに今はネズミさんの気分なの? お母さんは手を叩いて喜んでいる。

「ちゅー」

声がだんだんと近づいてきた。その距離約70センチ。畳にあぐらをかいている僕の目と銃口を思わせるその子の黒い瞳がぴったりとあってしまう。どうしよう。緊張してきた。

もし、面白くなかったらどうしよう。全然笑えなかったら? 僕の心の中に不安がモクモクとわき起こる。「やっぱ悪いよな」ええ、むしろ2歳児だからこそ。僕は心の中で手を合わせて祈った。どうか、僕の笑いのツボにジャストミートしますように。お母さんはタオル地のハンカチを握りしめ固唾をのむ。

2歳児が唐突に水筒を突き出した。「チャッポン」と、水音が響く。

「チャッポン?」

僕がそう口を開きかけると、2歳児はいきなり平成最大のギャグを放った。

「すいとうのなかに、アメンボがうかんでる!」

すべてが終わってしまったあと、僕とお母さんはもぎたてのレモンみたいに爽やかな座談会を開いた。それぞれの手には思い思いの飲み物。そいつを喉に流すと、「チャッポン」ってね。お腹の中で水音が立つんだ。僕とお母さんはうなずきあって、目を伏せた。ギャグに疲れた小さなコメディアンが寝息を立てていた。

きっと、誰の心の中にもアメンボみたいな2歳児が浮かんでいて、時々そいつは「ちゅー」って言いながら無理やり顔を近づけてくるんだ。

あなたを微笑ませたくて。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます!
49

キムラ ケイ

エッセイ

日々の暮らしの中で見つけた、小さな物語を綴っています。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。