10まで数える

年末の大掃除やら買い出しやらでてんてこ舞いの大晦日、2歳の娘が床でうずくまっている。台所に膝をついて、じっと目を閉じているんだ。

「どうしたの?」
僕は娘のそばにしゃがんだ。
「どこか痛いの?」

「ニコニコにならないのねえ」
娘はそう言って、僕に小さな白い塊を見せてくる。

温度計だった。湿度も計れるやつで、ディスプレイには温度と湿度それから口をへの字に曲げたフェイスマークが表示されている。快適な環境ならニコニコマーク、不快ならへの字になる仕組み。僕が今年の夏に買ってきたものだった。

「さむいからねえ」

娘はそう言って、温度計をぎゅっと抱きしめ目を閉じた。まるで弱った雛を温める親鳥のように、2歳の子は冷たいプラスチックを胸の中で温め続けている。

「いち、にい、さん……」

僕は娘の前で数を数え出していた。なぜそうしたのかはわからない。ただ、そうやって10までたどり着けたなら、何か素敵なことが起こる気がしてる。そう、ニコニコな顔の一つや二つくらいわけないみたいな。

「……はち、きゅう、じゅう」

すっと、娘が窓の外を指さした。
振り向くと、外はすっかりきらめいている。降り出した雪が百も千も万も次から次に僕らの屋根に舞い落ちて、小さな子どもを暖かさの中にたたずませていた。

この世界の片隅にちっぽけな親子がいて、10まで数えたら雪が降った。それはあまりにもささやかな出来事だ。まるで、大晦日に大合唱するカウントダウンの最中にたったひとり心の中で数え上げる数字のようになんの役にも立たない。けれどそんな出来事を一つ一つ積み重ねていったなら、それは本当の幸せになるような気がした。

娘が胸の中から出してきた温度計を眺め、僕は小さくうなずいて言う。
「ニコニコになったね」

なんでもない温度計が、僕と娘の手の中で大切な思い出に変わっていく。

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ありがとうございます!
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キムラ ケイ

エッセイ

日々の暮らしの中で見つけた、小さな物語を綴っています。

コメント2件

ケイさん、こんばんは!
ニコニコになって良かったです♡(❊´︶`❊)。۞·:ケイさんと娘さんの日々は、ニコニコ温度計1つでさえも素敵な思い出に変わっていく。お忙しい中にも豊かな日々を大切にしながら過ごしていらしてて、2歳の娘さんは今年3歳の新しい一面を見せてくれることと思いますが、その時にケイさんがどんな想いを胸に刻まれるのだろう…と思うと、とても楽しみです。noteで仲良くして頂き、本当に有難うございました。今年もどうぞ宜しくお願いします。
2019年、明けましておめでとうございます。ご家族皆さまお元気にお過ごしください。
mariya.yuriさん、あけましておめでとうございます! そうですね、いよいよ3歳だなあと成長をかみしめています。(なんと、今年は幼稚園に入園です)本人も3歳を意識しているらしく、最近の口癖は「3歳のオネエサンだからね」です。昨日は、「3歳のオネエサンだから、恥ずかしいのねえ」とトイレのドアをいそいそと閉めてました。いつもは全開なんですけどね。(笑)
こんな家族ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。mariya.yuriさんも素敵な一年をお過ごしくださいね。いつもありがとうございます!
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