鳥たちが帰る場所

風が強いから外に出よう。うちの奥さんが言った。窓の外は見るからに寒そうだったけれど、奥さんはいそいそと二歳の娘にコートをかぶせてる。そうか風が強いから外に出るんだなあと、僕も慌てて支度をした。こういうところが夫婦の面白いところかもしれない。話し合ってわかり合えるようじゃ、夫婦はかわいくなっていかないから。

家から出て200メートル先を目指した。まだ街灯の点いていない薄闇の中を大きく腕を振って歩いていく。そうそう、結局は卵とニンジンを買いに行こうって決めたんだった。買い物袋をぶらんとひとつ下げて、なんだか強盗みたいな気分。

「卵と人参をよこせ。ありったけだ」
そう言って、商店のカウンターに靴底を押しつける。なんちゃって。
ポケットに小銭だけをチャラチャラさせて、気持ちばかりが大きくなっている。きっと、このわんぱくな風のせいだ。

「飛ばされるー」
うちの奥さんが両手をばんざいして言った。まるで、誕生日の女の子みたいに。
「ほらほら、すっごい風」

僕はひょいっとうなずいてみせた。木の葉が腰の高さまで吹き上げられて、西から東へ波打っていく。奥さんは二歳の娘の手を握ると、迫りくる風の大波に向かってパタパタ駆け出した。ああ、そんなふうに急に走るから。ほら、いまにも車道に吹き飛ばされそう。いやな運命が待ち合わせていないか、僕は何度も振り返って車の往来に目を凝らしてしまう。

「お父さーん」

呼ばれて振り向くと、もう笑うしかなかった。腕を広げて踊ってた。くるくる体を回してうちの奥さんが踊ってる。娘はきゃあきゃあ声を上げて、一緒になって体を揺らしてた。二人は空に上がった凧みたいに、風を味方につけてすっかり気持ちよくなっている。もう、どんな声も届かない。

「鳥みたーい」

奥さんの声にうなずき、僕はその場にしゃがんだ。写真を撮ってやろうと買い物袋に手を入れて、カメラを忘れてきたことにようやく気づく。ああ、そうだった。卵とニンジンを強奪しに行くんだっけ。僕はニヤケ顔で二人を眺めてる。二人は踊りつづけ、吹き荒れる風に好きなだけキスさせていた。

遠くで踊る二人のシルエットに、僕はふうっと息を吹きかける。

「飛べ」
そう言って、気づかれないように小さく口笛を吹いた。
「いつでも帰っておいで。ここにいるから」

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キムラ ケイ

エッセイ

日々の暮らしの中で見つけた、小さな物語を綴っています。
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コメント12件

豆大福、言うのを忘れていました。非常に美味しかったです! あれなら並んででも買いますね。
Kさん、その節は大遅刻をし失礼しました…。笑 豆大福、お口にあったようでよかったです。ちなみに、「あんこなし」というバージョンもあります。あんこなしは看板にも出ておらず、地元の人のみがひっそり買っていく名品です。またお会いできる機会があれば、お持ちしますね。笑
sangonomiyakoさん、僕のほうこそ「とりぶし」のお礼を忘れていました! うちの奥さんにも好評でしたよ。地元のものというのが、なんともいえず嬉しいですね。ありがとうございました!
鶏節は、パッケージがなんだかいいなと思って。鳥の武士なんです(笑)地元のアンテナショップみたいなところで買いました。奥様にも気に入っていただけたようでよかったです😊ご丁寧にありがとうございます!
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