2歳の子が産んだ赤ちゃん

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車内の電光掲示板に5つのアルファベットが並んだ。自宅のある京都から新幹線で2時間ほどの出張旅行。中央線に乗り換え、予約していたビジネスホテルの部屋に荷物を下ろすと、僕はもう2歳の娘に電話をかけたくなっている。この時間じゃ、もうパジャマだな。大好きなあのピンクの星柄のやつを着てる頃だ。

「おとうさん、今どこにいるの!」

電話に出るなり、2歳の娘は唾を吐きかけてくる。バシバシとラケットを振り回すような質問攻め。まるで、元気な新入部員だ。

「おとうさん、今ホテル?」

「ちょっと狭いけどね」

「おとうさん、おうだんほどう しんごう 赤?」

「青になったとこ」

僕はくすくす笑っちゃう。信号かあと首をひねる。どうしてそんなことが気になるんだろう。きっと、2歳の子どもにとって信号が赤か青か以上の心配事なんてないんだろうな。

「おとうさん」
娘はふうっと唇から息を漏らして言った。
「今、あかちゃんうんでたの」

何も言えなかった。ただ、娘の繰り返すすうはあという呼吸を聞いていた。だからかもしれない。僕はついこんな妄想を膨らませてしまった。

20年か30年くらいたったある日、娘から一本の電話がかかってくる。それは待ち望んでいた電話で、だからこそ怖い。なにしろ人命がかかってる。僕はきっちり呼び出し音10回聞いてから電話を耳に押し当てる。その瞬間、娘がこう叫ぶ。

「お父さん、赤ちゃん生まれたよ」

僕は自分勝手な妄想を手のひらでクシュクシュっと丸めた。もちろん、結婚とか出産とかそんなのはどうでもいい。大事なのはそういうことじゃない。大事なのは、あなたのことが大切なんだってこと。それだけ。

たとえば、あなたがひとりぼっちの時。

たとえば、もうどうしようもなくて膝を抱えている時。

たとえば、街の中で一人きりだと感じている時。

すぐに駆けつけよう。走っていこう。僕だってわかるように、いつかあなたがくれた折り紙の帽子をかぶっていこう。

電話の向こうで娘がすうはあと呼吸を繰り返すから、僕はやっと口を開いてこう言った。
「そっか、赤ちゃん生まれたんだ」

娘は少し黙って、「うん、だからね」と子どもの甘えた声でささやく。
「おとうさん、明日かえってくる?」

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キムラ ケイ

エッセイ

日々の暮らしの中で見つけた、小さな物語を綴っています。
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