絶対にはずれない宝くじ

2歳の娘はまだ上手に歌えなくて、たとえばハッピーバースデイの歌だとこんなふうになる。

「はっぴ ばあすでえー ちゅうー。はあっぴ ばすでっ ちゅうー」

トゥーユーの部分がチュウになるのが特徴で、なんだかほっぺにチュウされてるみたいでたまんない。ピンクの口紅でもつけてあげようか? そんなおませな冗談でも言いたくなってしまう。

「バースデイの歌、聞こえました?」
僕がそう聞くと、おばあちゃんは電話の向こうで「ええ、もう」と笑った。戸籍でいえばうちの奥さんの祖母にあたる人で、娘から見るとひいおばあちゃん。その日は94歳の誕生日だった。来週には実家のある兵庫から僕らがいる京都に引っ越してくることが決まっている。うちから歩いていける距離にほどよい施設が見つかったのだ。

「でも、いいのかしらねえ」
おばあちゃんが受話器の向こうで言った。
「なんだか、迷惑かけるようで」

「僕らは楽しみにしてるんですよ。これから桜も咲くし、また麻雀教えてください。僕が必ず負けるようにしますから」

おばあちゃんは「ウフフ」と笑って、「ありがとう」と言った。声が震えていた。どうやら、泣いているらしい。「いやだわ、歳とると困っちゃうわねえ」おばあちゃんはそう言って、すんと鼻を鳴らした。「もうお風呂にも一人で入れなくなったし、息子にもこれ以上迷惑かけたくないの。だから、施設に入ったら楽になれるわ。でも——」

おばあちゃんは言い澱み、それからこう続けた。

「ひとつだけ心残りがあるの。施設に入ったら、宝くじを買いに行けなくなるでしょ? それだけが残念で……」

「そんなの、僕が買って行きますよ」

僕はそう言って、受話器のこちら側でうつむいた。おばあちゃんがもう何年も宝くじを買い続けている理由を知っていたから。おばあちゃんはお金が欲しいんじゃなかった。お金をあげたかったのだ。それくらいしか子供や孫たちにしてあげられることがないから。そう言っていた。「そんなことないですよ。話をしてくれたり、いてくれるだけで……」と僕が言っても、いやむしろそう言えば言うほど、おばあちゃんは申し訳なさそうに微笑むのだった。

「ありがとう」と、おばあちゃんが口を開いた。「買いに行ってもらえると助かるわ。もう、それしかやりたいことがなくてねえ」

「みんなで、待ってますから」
僕はそう言って、電話をうちの奥さんに渡した。

四月におばあちゃんが越してきたら、僕はうそをつこうかなと思う。「近所によくあたる売り場があるんですよ」とか言って、買ってきた宝くじと一緒にいくらかのお金を手渡そうかと思う。「当たってましたよ、よかったですね」と。そうしたら、おばあちゃんはお金をそのまま僕らに渡してこう言うんじゃないかな。「よかったわねえ。当たりよ」

ハズレのない宝くじをあげたい。ずっと、いつまでも。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます!
243

キムラ ケイ

エッセイ

日々の暮らしの中で見つけた、小さな物語を綴っています。

コメント17件

私の祖母もお金出したがってくれてたなぁ。。。と思い出してきゅーんとしました。ありがとうございます😊
aspicoさんのお祖母様もそうだったんですね。なんというか、切ないですよねえ。aspicoさんのコメントを読ませてもらって、またきゅーんとなりました。ありがとうございます。
読みながら、涙が出ました。わたくしの叔母も、弟嫁の祖母も、みんな同じように「お金をあげたい」人達だったなあって、思いだしました。そして宝くじをあげたいってラストに、胸を掴まれました。とてもとてもステキで大事なお話を聞いたような気持がしています。
LIFE 'O' THE PARTYさん、コメントありがとうございます。LIFE 'O' THE PARTYさんの大切な方々もそうだったんですね。コメントを読ませてもらっていて、「うんうん」と胸が熱くなりました。LIFE 'O' THE PARTYさんの大切なお話ありがとうございます!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。