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八郎沼の視点でみるスカーレットの世界観 ~ノベライズで補完した考察

★はじめにの前に・・・

NHK朝の連続テレビ小説「スカーレット」(2019年9月30日~2020年3月28日)を観て、松下洸平さんが演じる八郎さんにすぐに夢中になりました。
#八郎沼 にハマったわけです。
スカーレットは、主人公の喜美子(戸田恵梨香)が陶芸家を目指す過程で夫の八郎と離婚し、終盤は一人息子の武志(伊藤健太郎)が白血病を患うというなかなかシビアな展開を見せる重厚な作品でした。視聴後すっきりとカタルシスが得られるタイプではなかったのです。
私は、最初は喜美子と八郎のキュンキュンしたシーンに胸をときめかせ、八郎の、つまりは洸平さんの魅力をTwitterで語るようになりました。しかし、穴窯以降、もやもやした気持ちを抱えるようになり、放送終了後も物語をどう解釈したらよいのか途方に暮れ、やはりTwitterでつぶやき、ファン仲間と語り合っていました。
スカーレットは、原作本がない脚本家・水橋文美江さんのオリジナル作品です。脚本集は発刊されておらず、脚本は一部しか公開されていません(月間ドラマ2020年4月号)。
その代わりに、ノベライズ本が発刊されています。ノベライズの著者は別の人で、脚本を基に小説に仕立ててあります。スカーレット放送終了後に下巻が発売されたので、私は上下巻を合わせて一気に読みました。
すると、かなり物語の理解が深まったので、私は長い考察を書き、2020年4月14日にTwitterにアップ。多くのスカーレットファン、特に八郎沼の人々に読んでいただきました。
それから早1年。元々実力が備わっていた洸平さんは大ブレイクしていて、スカーレットは過去になりつつあります。
しかし、私にとって八郎は洸平さんにハマることになった大切な作品です。考察を読み返してみると、洸平さんがどれほどすごかったか、ということを改めて感じました。そのため、記録として残しておきたいと思い、noteに再掲します。

八郎が大好きな方、私と同じようにもやもやした思いを抱えていた方、単に振り返ってみたい方。そして、最近、洸平さんのファンになり、スカーレットをDVDなどでご覧になった方も、よろしければどうぞ╰(*´︶`*)╯♡
【2020年4月14日Twitterに掲載した内容です】
【ネタバレあり】

★喜美子と八郎の等身大パネル
東京・日本橋の「ここ滋賀」スカーレット展で2020年3月17日撮影 ↓

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1,はじめに

スカーレットが好きなはずだった。しかし穴窯以降、苦しくて苦しくて、結局最終回までつらかった。放送終了後の今も、喜美子への苦手感は続き、録画を観直すことができないでいた。私はスカーレットが好きなのではなく、松下洸平さんが演じる八郎が好きなだけだったのだ、と思った。しかし本当にそうだろうか? こんなにも毎日スカーレットのことを考えているのに?
八郎沼にはまってからは特に、スカーレットをどう解釈したらいいのかわからなくて、じりじりした思いで観ていた。それが楽しいという人がいることは承知しているが、私はつらかった。
脚本をベースにノベライズされた本には、公式の解釈と呼べることが書かれているはずだと思い、読んでみるしかないと思った。

2,ノベライズは総集編のようなもの

ドラマのノベライズ本はこれまでにも何冊か読んだことがある。放送されたドラマと若干異なるのは当然だ。脚本は台詞とト書きで膨大な分量があり、それを短くまとめるために内容はかなり端折られるからだ。一方で、小説に仕立ててあるので最初から最後まで内容は一貫性があり、非常にわかりやすくなるのが特徴だ。
スカーレットのノベライズも同じだった。とてもわかりやすく描かれていた。
ドラマでは、限られた尺のなかで、さまざまな登場人物に光を当てる必要があり、元々大量に撮影されていた喜美子と八郎の描写がどうしても削られていったのだろう。それがノベライズでは、主役以外の信作や照子などのエピソードがばっさり削られ、喜美子の言動が浮き彫りにされていた。
ドラマの総集編を小説にしたようなものだと表現するとよいかもしれない。

★ノベライズ本。上巻の帯には「究極の働き女子」と書かれている ↓

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3,喜美子と八郎の関係性

私が知りたかったのは、穴窯以降のことだった。
喜美子は穴窯に取り憑かれ頑固になり、八郎は出ていってしまう。
しかし不吉な影は以前からちらついていた。そもそも喜美子は、絵付け火鉢を作っているところまでは可愛らしい女性だったと思う。が、八郎に出会い陶芸に巡り合ってから変わっていった。どんどん陶芸に魅せられ、八郎に素顔を見せられるようになったことも相乗効果となり、どんどん我が強くなっていった。
2人が幸せ一杯に描かれている時ですら、私は常に不安を感じていた。だからあんなにも毎週末のドラマの予告が苦しかったのだと思う。

喜美子と八郎は、同業者夫婦として上手くいかなくなり離婚する。八郎が喜美子の才能に嫉妬し打ちひしがれる・・・これは当初からの構想だと、脚本家の水橋文美江さんはあちこちで書いておられる。
そうなのだ。八郎は喜美子の傍にいるのが苦しくなって去ったのだ。そして働き盛りの喜美子は、陶芸が面白すぎて、八郎よりも穴窯を、仕事を選んだ。実はシンプルなことだったのだ。ノベライズ上巻の帯には「究極の働き女子」と書かれてさえいるのだ。
しかし、八郎沼に沈んでいた私は、放送中はそれを認めることができなかった。けれど、洸平さん自身が、インタビュー等で八郎の嫉妬の感情などに触れるにつれ、次第に受け入れるしかなくなっていった。そしてノベライズを読み、さらに理解が深まった。

喜美子と八郎はお互いに憎み合って別れたわけではない。だから、武志というかすがいのおかげで2人は再会を果たす。しかし同居や再婚はしない。喜美子の才能を認めてはいても、愛情が残っていたとしても、陶芸に少しでも未練がある限り八郎に苦しさはつきまとっているので、ほどよい距離が必要なのだ。それが「新しい関係」だ。
八郎が自分の道を見つけ自信を取り戻すことができれば、喜美子とまた暮らすこともできるのかもしれない。八郎はそのために長崎に行ったのであり、ノベライズのラストはその余韻を感じさせるやりとりが書かれていた。

4,2人の心理描写

ノベライズには、ドラマで回収されなかった「夫婦茶碗」も「加賀温泉」もきっちり描かれていた。八郎がなぜ長崎に行くのか。それはフカ先生が赴いた土地だからだということまで書かれていた。さらに武志との卵焼きのシーンで、八郎は、信楽を離れて生きるしかなかった自分の思いを語っていた。
そして喜美子は、離婚後、武志が自立しマツが亡くなり1人暮らしをするようになった寂しさを、わかりやすくかみしめており、八郎への思いも振り返っていた。
たとえば喜美子は、八郎が陶芸をやめてしまったことに心を痛め、八郎を再びろくろの前に座らせることができるのは武志の存在だろうと考えていた。
喜美子は、私の想像以上に八郎に想いを寄せていたし、申し訳なさも感じているように描かれていた。つまり、そういう説明がノベライズにはあったのだ。

八郎と喜美子の心理描写がドラマで描かれなかったわけではない。ただ、わかりにくかった。あの表情はどういうことなのだろう。あの台詞の真意は何なのだろう。わからなくて答えが知りたかった。特に最終盤は展開が早く内容的に詰め込み過ぎで、削られたシーンも多かったのだろう。
台詞がもう少しあれば、ナレーションで補足があれば、もう少しわかりやすかったのだと思う。
スカーレットをBSで朝観ていたとき、その前の時間帯に「おしん」が放送されていた。やたらと説明的なナレーションが、現代の朝ドラとの決定的な違いだった。違和感を覚えたが、わかりやすさはあった。
朝ドラは正式名称を連続テレビ小説という。小説には一般的に登場人物の心理描写が書き込まれている。そういう意味では、スカーレットはわかりにくかったという感は否めない。しかし、それが醍醐味だという意見ももちろんあるわけであり、すべては制作陣の世界観なのだと受け入れるしかない。

★スカーレットガイドブックと、月間ドラマ ↓

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5,女性制作陣が描く自立する女性の生き方

ノベライズ上巻では、働く女性の自立がテーマなのだとはっきりわかるように描かれていた。喜美子に影響を与える大阪の女性たちの生き方、考え方などが丁寧に書かれ、喜美子自身も、「職業婦人として生きていきます」と丸熊陶業で言い切っていた。
「スカーレットは、男性社会での闘いに勝ち抜く自立した女性の生き方を、女性制作陣が描いた」・・・そう総括されても仕方がない面があると思う。脚本家の水橋さんだけでなく、演出責任者(中島由貴)も制作統括(内田ゆき)もNHKの女性スタッフが担当した。

私には、喜美子が八郎よりも穴窯を選んだくだりまでは、まだ了解可能なのだ。家庭よりも仕事を選ぶということは、ままあることである。
わからないのは、喜美子の才能を目の当たりにして去った八郎が、終盤なぜ再登場するのかということだった。しかも八郎は陶芸をやめてしまっていて、信楽を出て以降の年月の詳細はドラマでは描かれないままだった。
離婚で終わりではなぜいけなかったのか、と思うのだ。あまりにも喜美子に都合の良い展開と八郎の描かれ方は、私には違和感と苦痛があった。
実際のところ、ドラマの八郎があまりみじめさを感じさせず優しさと愛にあふれる人に見えたのは、ひとえに洸平さんの演技力によるところが大きいと思う。

★スカーレット台本。旧信楽伝統産業会館「スカーレット展」で撮影 ↓

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6,洸平さんの演技力だから描けた複雑でせつない男心

洸平さんは、2018年の舞台「TERROR テロ」で被告人を演じた。ドイツ人作家の戯曲で、観客が舞台の最後で、被告が有罪か無罪かどうかを投票して裁くという珍しい法廷劇だ。世界中で上演されていて、判決には国情が反映されていた。
日本で過去に上演された際、全て有罪判決だったという。しかし、洸平さんが被告を演じた東京公演では、有罪の回と無罪の回が半々の結果になったというのだ。洸平さんはこの役を、ものすごく苦しみながら演じていたことを自身のブログに書いたりインタビューでも語っている。その舞台を私は見ていないので軽々に判断できないが、さまざまなレビュー等を読むと、洸平さんが真摯に演じたことで観客の心が無罪判決を下した面もあったのではないかと感じてしまった。

役を生きるのが俳優である。そして誰が演じるかで役のたたずまいは変わる。
穴窯前での八郎の涙のシーン。穴窯成功で喜美子の才能に脅威を感じ、完全に打ちひしがれた八郎の姿を描く予定だったのだろう。簡単に言うと、男である八郎が女である喜美子に「敗れた」瞬間だったのだろう。
しかし実際のドラマでは、あのシーンは悔しさや嫉妬が表現されただけではなかった。愛している人が自分の手から巣立ってしまった寂しさや、一緒に喜べない自分のふがいなさ、家を出て結果として息子を捨てることになってしまう自己嫌悪までをも含む、万感の思いが込められていたと思う。台本には書かれていないが涙を流してしまうかもしれない、と洸平さんは演出に相談し、その演技が採用されたということだった。
このシーンに台詞は一言もない。洸平さんの八郎の演技は決して大げさではなくむしろ控えめだ。しかし、輝きを放っていた。
制作陣が「自立する女たち」「情けない男ども」を描こうとしたものの、演者の力量で方向性が変わっていき、「複雑でせつない男心」までもが表現されたのだとすれば、洸平ファンとしては小さく快哉を叫びたいところである。

★スカーレット放送終了日の洸平さんのインスタグラム ↓

7,おわりに

ノベライズはいくつかの重要なシーンがドラマとは異なっていて、さすがにぎょっとした点はあった。物語のカギである信楽焼の「かけら」を拾った時期。百合子と信作の結婚式の集合写真に八郎がいるかどうかなど・・・
上巻の発売日は2019年9月30日。つまり放送前だ。前半部分の脚本のみでノベライズしたということなので、筆者は「かけら」が後にこれほどクローズアップされるとは思わなかったのかもしれない。八郎の写真に関しては、元々の脚本がそうだった可能性もある。このあたりは想像するしかないし、大筋とは関係ないと飲み込むしかないのだろう。
登場人物の台詞が大好きだった人にとっては、台詞が短くなっているとか削られているなどの不満もあると思う。しかし、八郎の扱いに不満を抱いている人や、穴窯以降の喜美子に苦手感を抱いてしまった人には、ノベライズを読んで内容を補完することをお勧めしたい。

水橋さんは下巻であとがきを寄せておられる。信楽を出た後の八郎の生き方について驚くべきことを書いておられた。ト書きにはしなかったが水橋さんが想定していた八郎と、演じていた洸平さんが想像していた八郎は異なっていたといい、とても興味深かった。ぜひ皆さんに読んでいただきたいのでこれ以上は書かないが、ドラマは1人だけで作るものではないということだ。脚本があり、俳優が演じ、演出があり、音楽やセット等もあって初めてスカーレットという作品になったのだ。
「視聴者も含め、皆でスカーレットの世界を築き上げてきた」という水橋さんのあとがきの言葉をかみしめながら、いつの日かスカーレットを再視聴しようと思う。

★ 水橋さんの「あとがき」について

後日、考察を書きました。衝撃の内容なので、ぜひこちらもお読みください  (;・∀・)/ ↓

★舞台「TERROR テロ」について

日本公演での有罪・無罪判決のエピソードは、洸平さんの演技の凄みを感じるものです。ぜひ以下の記事を読んでみてください!

・舞台「TERROR テロ」インタビュー ↓

・舞台「TERROR テロ」解説 ↓

・日本での判決結果が下の方に載ってます ↓

★スカーレット関連書籍

スカーレットノベライズ(作・水橋文美江 ノベライズ・水田静子)ブックマン社、上巻(2019年9月27日)下巻(2020年4月9日)
NHKドラマ・ガイド「スカーレット」NHK出版、Part1(2019年9月25日)Part2(2020年1月27日)
月間ドラマ2020年4月号(映人社)スカーレット特集で脚本の一部を掲載。水橋さんのインタビューなどもある


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