バイラルになった感動CMに見る、谷口マサトの「コンテンツマーケティングの新常識」

LINEの谷口マサト氏が、自身のヒット作品製作の裏側を解き明かす「コンテンツマーケティングの新常識」を読んでいる最中に思い浮かんだCMがあったので、ここで紹介する。

Extra Gum ”Sarah & Juan” (2015)
エージェンシー: Energy BBDO (ECD: Andrés Ordóñez)
広告主: Wrigley Company (アメリカの製菓)
監督: Pete Riski

2015年公開以降1年足らずで2千万回以上の再生回数をネット上で記録し、3年に渡りTV放映されたCMは、ガムのマーケティングにおける成功に限らず、メジャーSNSでのバイラル化、ストーリーのシリーズ化、使用曲の大ヒットなど驚くべき領域にまでの影響を見せた。

このCMを、コンテンツマーケティングの新常識に書かれている「動画広告の大きな課題5つ」と「Webクリエイティブの4つの原則」に基づいて紐解いていく。


動画広告の大きな課題5つ

1.  尺とコストの関係
2.  作り手の文化の違い
3.  バズと感動のトレードオフ
4.  商品にどう落とすか?
5.  音はどうするか?


1. 尺とコストの関係

尺は、2分。谷口氏のいう「視聴者に耐えうる1~5分」の尺内に収まっている。その中で上手に登場人物の出会いからプロポーズまでに渡るラブストーリーを、謎かけを交えながら伝える作品だ。

コストに関しては情報がないので詳細を語ることはできないが、TVでも放映可能な映像クオリティということから制作費は安くないことがわかる。しかし、この作品によってExtraは、2005年以来初めてガムブランドで売り上げ一位を獲得し、SNS上で大きな話題を呼ぶなど、クライアントが求めた結果(もしくはそれ以上)が得られた。


2. 作り手の文化

Energy BBDOはExtraガムのCM製作開始時、信ぴょう性のあるロマンチックなストーリーを求め、あるリサーチを決行した。それは、「旅行ドキュメンタリー番組製作のため」という名目で、様々なカップルを招集し、彼らのリアルストーリーを聞き出すというものだった。そのリサーチを基に、視聴者が共感できるようなラブストーリーを構成したそうだ。


BBDOはまた、CMを多く製作するPete Riskiを監督起用。彼のユニークなビジュアルスタイルと、シネマティックな話法が上手に生きた作品となったこのCMは、チープではないということは、業界の人間でなくてもわかる。2分間の間にあるカップルの出会いから結婚までを描きつつ、Extraガムの宣伝も忘れず行うために、Riski監督は映像の色やスピードにこだわって効果的にストーリーを伝えた


「ネット文脈ではどれだけユーザーからのリアクションを想定して作っているかという視点が欠かせない。」谷口氏はこう書いているが、このCMは感動をよりリアルに伝えるために、実在のカップルのストーリーをもとにストーリーが構成されたため、共感・感動したユーザーとの掛け合いができるCMが完成した。


3. バズと感動のトレードオフ

「5秒に一回は興味を引かないと、視聴者は離れる」と谷口氏は言う。
このCMは2人の高校生SarahとJuanの目が合い、JuanがSarahにガムをあげるところから始まる。広告主を知らずに見れば、このCMがガムの宣伝だとは気づかないほどの、自然なプレイスメント。そこから2人の関係が始まるが、21秒目でなぞかけが始まる。2人のファーストキスの後、Juanがガムの包装紙を取り出し、何かを書いているのだ。

その後、2人の幸せを共有した時、喧嘩した時、遠距離恋愛をした時、などのキーとなるシーンがクイックカットで流れ、その度必ずどちらかが相手にガムを渡す。そして1:15で映像の流れが一気にスローダウン、JuanがSarahを画廊に呼び出す。そこには、Juanがガムの包装紙をキャンバスに、思い出を描いた数々の絵が展示されていた。出会い、ファーストキス、デート、喧嘩、遠距離、寝ている姿。。。そして最後に、Juanが膝をつきSarahにプロポーズしている様子。驚いたSarahが後ろを振り返ると、そこには手に婚約指輪を持ったJuanが、片膝をついていた。小さなエピソードが積み重なって、最後に感動的なエンディングを迎える、まるで映画のダイジェスト版のようなストーリー構成だ。


最初に「ガムの包装紙に何か書いている」という謎かけがあり、視聴者は気になって続きを気にするだろう。それが何を意味するかは、最後まで見ないとわからない。最後まで見たら、驚きのエンディングが待っている。しかも、視聴者の「泣き」を誘う結末。アクティブな視聴者はきっと友達にも見せようと、動画のシェアボタンを押すだろう。


この、前半で見せられた小さなピースが、全部合わさって最後に大きなエンディング、という形式は谷川氏のいう「オムニバスドラマ形式」で、視聴者の心を掴む作品としては理想的な構成だ。


4. 商品にどう落とすか?

“Give Extra, Get Extra.”がキャッチコピーのこの商品の宣伝に、BBDOのAndresは”When you give a little extra of yourself, you get so much more in return.”というメッセージを込めた。少しの努力の積み重ねが最後に大きく身を結ぶ。それがこのCMでは、2人の関係のキーとなる瞬間をJuanがマメにExtraガムの包装紙に書き留め、その小さな努力の積み重ねが最後に「幸せ」という形でJuanに戻ってくる。決して、Extraガムの購入を消費者に強要したりせず、むしろガム自体は脇の主役レベルの露出だ。監督のPete Riskiは、広告主が伝えたいメッセージをうまく商品に絡めて、感動とともに視聴者に届けた。

5. 音をどうするか?

このCMに起用された楽曲は、放映されたアメリカ国内では誰もが聞いたことのあるElvis Presley の”Can’t Help Falling in Love”のアコースティックカバー。米人気オーディション番組American Idolで有名になったHaley Reinhartによるソフトで優しい声が、友人Casey Abramsによるピアノのメロディーにのって、CMのストーリー運びを手伝っている。

この曲はCMのために録音されたが、大反響を呼び正式リリースが決定。Spotifyのグローバルバイラルチャートで1位になったり、米レコード協会からゴールドディスクの名誉を受けたり、結婚式でよく使われる歌リストに仲間入りするなど、音楽界で偉業を成し遂げた


谷口氏は本の中で「ユーザーのリアクションを想定したネットに合った歌詞でオリジナルソングを作る」とあった。このCMでは、Haley ReinhartのがCan’t Help Falling in Loveをカバーすることによって、Elvis版とは違った若さ、ロマンチックさや温かさが加わり、多くのユーザーがコンテンツ鑑賞中に口ずさめる楽曲の使用が実現した



ここまで、「動画広告の大きな課題5つ」に沿って”Sarah and Juan“を紐解いてみたが、本作品は同時に「Webクリエイティブの4つの原理」も使用されている。


Webクリエイティブの4つの原理

1. 知っているモノが、別のモノに見えるように表現する(A≠A)
2. (A≠A)で興味を持たせ、物語によって継続して見てもらう
3. 物語のメッセージによってユーザーを変え、態度変容を起こす
4. メッセージはユーザーのインサイトから考える


1. 知っているモノが、別のモノに見えるように表現する(A≠A)
→ガムの包装紙がキャンバスとして使用される、という日常ではなかなかないアイデア。


2.(A≠A)で興味を持たせ、物語によって継続して見てもらう
→0:21ではじめて、Juanが包装紙に何かを描く姿が映る。そこで視聴者はこの物語でガムの包装紙がどんな役割を果たすのか、気になって最後まで見てしまう。


3.物語のメッセージによってユーザーを変え、態度変容を起こす
このCMは登場人物の成長を描いているため、広い年齢層から共感を得られる。高校生から30代の視聴者は自分を反映させて見ることができ、またそれ以上の年齢でも過去の自分の恋愛を反映したりして見ることができる。社会性のあるコンテンツで、拡散されやすいものだ。


4.メッセージはユーザーのインサイトから考える
前述したように、Energy BBDOは製作にあたって、実際のカップルの話を聞くというリサーチを行なっている。谷口氏は「メッセージはコンテンツの核となるのですが、これはユーザーを観察して考えます」と自身の本で話しているが、Energy BBDOはまさにそれを行なっていた。


こうして、「泣き」の要素とオムニバスドラマ形式を使用し、社会性・信ぴょう性のあるストーリー2分で伝えることで、"Juan and Sarah"は多くのオーディエンスの心を掴みながらシェアされるコンテンツとなった。

Wrigley社はその後似たような感動ストーリーのCMの制作を続けており、最近では、意外な2人が友達になる物語を扱ったCMを発表したので、最後に紹介しておきたい。


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