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ネタバレいっぱい海神再読第四十回 八章2中盤 尚隆は何故、なんのためにあの時点で斡由の前に現れたのか?

☆「中盤」て何だよ…いや、あまりに長いんで三分割しました。どんだけ海神好きなんだよ>自分。

あらすじ:尚隆が進み出て斡由に剣をつきつける。尚隆は斡由にも剣を渡し、斡由は降伏する。

●海神=ミステリ?

さて、再読八章2前半を読んで、こんなこと書いてない、と思われた方もいらっしゃるかもしれません。確かにこの解釈は普通と違う。しかし台詞と動作は原作そのままです。それに…いわゆる普通の解釈だと幾つか納得できないところがあって。
尚隆は民のためを思ってるはずなのに民の望む堤を造らせなかったのはなぜか、とか、漉水の堤に係る策はなんのためのものか、とか。斡由はなぜ急に莫迦になったのか、とか、なぜ人質の六太を盾にとらなかったのか、とか。八章2の中心人物である尚隆・斡由には心理描写がない。心理描写のある六太・更夜・白沢の解釈を正しいとすると、今度は前述の謎が解けないんですよ。
心理描写のある視点となるキャラクターの解釈では、作中人物の言動に理解できないものが残る…そういうジャンルがあります。ミステリ。
ミステリの視点キャラは作中の出来事を正確に読者に伝えます。しかし全ての出来事を的確に解釈できるわけではない。それは探偵キャラの役目です。
しかしミステリなら最後に探偵の謎解きがあります。海神にはない。だからミステリではない? 実は稀に作中で謎は解かれてるのに読者への開示のないミステリがあります。連作で一つの話の真相が別の話で覆るものも。海神もそういうミステリの一つではないでしょうか。
もちろん、真相はわかりません。小野先生が白銀でシリーズを閉じたとしたら、真相は藪の中となります…
しかし、ここでは私の解釈を書いていきます。この解釈の海神が大変好きだからです。

●尚隆は何を考えてたのか

私は斡由が八章2前半で大芝居してた説を唱えてますが、尚隆は作中で唯一人斡由の芝居に気付いてたんじゃないかとも思ってます。
でないと尚隆も何を考えてたか解らない。普通の読みだと斡由は白沢たちに罪を擦り付けて一人だけ助かろうとした卑怯者でしょ? 尚隆がそんな奴に対等な決闘を申し込んだりは、絶対に、しない。
尚隆も斡由が芝居してたと考えてたと仮定すると、どうだろうか。
というわけで今回は主に尚隆と斡由が何を考えて行動してたのかを考えていきます。

●尚隆は何故、なんのためにあの時点で斡由の前に現れたのか

白沢は小臣たちに斡由を捕らえるように命じた直後に尚隆に気づく。尚隆はにっ、と笑って歩み出る。
頑朴の人々の中で王としての尚隆を直に近くから見たことあるのは白沢だけ。斡由も式典とかに行ってるかもしれないけど、そういう時は御簾ごしだっただろう。白沢がその時初めて尚隆に気付いたってことは尚隆が身動きしたりしたのかな。
王がここに居る…信じられない事態に白沢が戸惑ううちに、尚隆は斡由に近づく。
尚隆が斡由の意図に気づいたのはこの時のちょっと前だと思う。斡由が六太が出ていこうとするのを見送ったとこで、あれ?と思って、白沢の捕らえなさい、でマジか!と確かめに出てきたのではないかと。
何故尚隆だけが斡由の芝居に気付けたか。
まず、尚隆は頑朴城では新参者だった。六太が虜囚にしては割と自由に城内を歩き廻ってたから、城内の者は六太自身も含めて六太が人質だって意識が薄れてた。しかし尚隆は人質を取られた側で捜査側の長。城に潜入したのも六太を盾にされないためだったんでしょ?六太が人質で斡由が誘拐犯だというのが頭にあったから、斡由の不自然な言動に気付けた。ちなみに斡由は六太が人質なのはよくわかってたね。大芝居を始める前には更夜に目配せして、牢へ連れていけ、との意を向けてたりしたんだから…それも尚隆は見てたはず。
それから、他の者はともかく、尚隆だけは自分が治水で斡由を引っ掛けた自覚あると思うんだよね。引っ掛けた自分を絶対的な正義とは思ってなくて、引っ掛かった斡由を絶対的な悪とも思ってない。
あと、尚隆は多分七章7と八章1の間で、斡由が父を幽閉してることを六太から聞いていた。六太はそれで斡由を断罪したけど、尚隆は七章7の更夜とのやり取りで小松を救えなかった心の傷をさらけ出した直後だ。父に歯向かわず小松を救えなかった尚隆にとって、斡由は自分に出来なかったことをやった奴だっただろう。こいつはどんな奴だろう、て興味持つよね?それが訳の判らんことを始めたら、何故?て思うよね?
(ただし斡由最大の悪事、更夜に囚人を始末させてたことは知らない。六太が知らなくて、知りようがないから)
そして、置かれた状況。圧倒的な数の敵に取り囲まれた頑朴城。外から聞こえるのは雲海の潮騒。かつて瀬戸内の潮騒の中の海賊城で圧倒的な敵に囲まれたことが尚隆にはあった。その時尚隆は何をしようとしたか。自分の首で民の命を贖おうとした。
破滅の瀬戸際の元州で、斡由は自分の臣に見捨てられるように振る舞ってる。それは更夜にさえ誰もついてこないだろうと思われるような醜い振る舞い。それがわざとだったら? こいつも自分の首で臣の命を贖おうとしてるのだったら? まさか…しかし忠臣の白沢が斡由を捕らえようとしてるではないか。尚隆は前へ出る。斡由が何をしようとしている何者なのかを確かめるために。

斡由)お前には善悪が奈辺にあるかわからぬか
(白沢に言われて捕らえに来たな、と思ってる)
尚隆)(笑って)ちょっとお知らせしとこうかと
尚隆)(名前をきかれて)小松尚隆と
尚隆)(立ち上がり)延王尚隆と呼ぶ者もいる
(足を踏み出しざま抜刀し、切っ先を斡由の喉に構える)

頭の中で動かしてみる。一瞬のアクションのキレがいい。
名乗りもいいね。小松尚隆と名乗ってから延王尚隆と名乗り直す。延王の前に小松尚隆として会いたかったんだよね、元斡由には。
お知らせしとこうかと、とお知らせしたかったのは、自分が何をしようとする何者なのかということだね、王であるというだけでなく。だから延王の前に小松とまず名乗ったと。
あと、また笑ってる。この一連のシーン、尚隆すごくよく笑ってるんですよ。

●尚隆の台詞の意味

尚隆は更夜に妖魔を動かすなと言い、邪魔が入らないよう他の臣も下がらせる。六太に軽口を叩いて声を上げて笑う。上機嫌だな。
「貴様…なぜ」と斡由。斡由からしたら尚隆が出てくる理由がない。斡由は完全に負けてた。頑朴の民からも白沢たちからも孤立して、白沢は斡由を捕らえられようとしていたし、人質の麒麟は安全に部屋を出ていこうとしていた。王が直接出る必要なんてない。訊きたくもなるよね。

尚隆)お前は天意を試したかったのだろう、その機会をやる

これはどんな斡由に対する呼びかけか。たった今昇山すればよかったと天意に阿ろうとした斡由にか、それとも天意の器たる麒麟を騙して証人に仕立て上げようとしてる天に対して不敬な斡由にか。後者にだよね。

尚隆)天意のありかを知りたいのなら、なにも民を巻き込まずとも、俺とお前が打ち合ってみれば済むことだー違うか、斡由

再読八章1で書いた通り、尚隆も天災に備えないことで天意を試してたと私は考えてます。尚隆の治水妨害も斡由の謀反も民を巻き添えにする天意試しとすれば、ここで二人が戦えば一気に片がつく? いやいや常世の天意は王が剣で最強って意味じゃないでしょう。珠晶だって王なんだから。尚隆、常世の設定が解ってない?と初読の頃は思いました。
尚隆が天意はそういうものじゃないと解ってたとしたら、この台詞はどういう意味か。
芝居を始める前の斡由は天意への挑戦者なんだよね。王・麒麟についても崇めないで機能からだけ評価して、政治的な力を別人が持つように世の理を変えようとした。だから斡由の謀反が天意に対する試しだというのも間違いじゃない。それには尚隆が個人的に付き合ってやってもいい。しかし、民は巻き込むな。てことは逆を言うと、斡由が謀反したせいで元州の民や諸官を巻き添えにはしないよ、と言ったんではないか。
これに対し斡由は…いきなり言葉で言われても信じられないよね。斡由の知ってる王は梟王だし、尚隆は治水をしないことで斡由を嵌めた王だし。で、喉元に切っ先を突き付けてる相手をぎりと睨む。貴様呼ばわりといい、ほんと強気だな。王に阿ろうとした卑怯者役やってるの、完全に忘れてるでしょ?
尚隆は軽く笑って「聞け」と斡由と諸官に語りかける。

①俺は天意を受けて玉座に就いた。それが不満だと言うなら咎めはせん。
②王を誅するはすなわち天を誅することだ。天意を確かめたいというなら、兵を動かす必要などない。兵糧ならまた蓄えれば良いが民はそうはいかぬ。消費された命は翌年の実りで補いがつくような性質のものではなかろう。
③ここで斡由が俺を斬れば、あとはお前たちの天下だ。雁を再興するなり滅ぼすなり好きにすればよかろう。それが天意なのだろうからな。

①②は最初の語りかけの言い直し。自分が王なのに不満でも構わないが民は巻き込むな、ということ。
解りにくいのが③で、尚隆がもし天災に備えないことで天を試し、あわよくば天に玉座から自分を外させようとしてたなら、その役を斡由にさせようとしたことになる?
しかし斡由がもし元州を守りたいのなら、尚隆を討つことはない。王は儀式で荒廃を鎮める力を持つ。それは斡由にはできないことだから、王を殺したら雁はまた荒廃の時代に逆戻りするし、元州は国中の恨みを買うことになる。元州は以前の荒廃の頃より悲惨なことになりかねない。斡由は謀反人だけどもともと王の命は狙ってないんだよね。荒廃を鎮める機能は活かしたまま権力のみ取り上げようとしたんだから…つまり、これはやはり斡由を試そうとしたのかな、本気で元州を守ろうとしているのかどうかを。斡由が自分を討とうとするかどうかで自分の判断を、ひいては自分を試してたとも言えるかな…

●尚隆の説得

さて尚隆は更夜に手を出すなと命じておいて、元州諸官に斡由の味方をするものはないかと呼び掛ける。
誰も動かない。
さらに呼びかけるがやはり動くものはない。
尚隆は何故何のためにこんなことしたのか。③の語りかけは元州諸官に対するものなんだよね。斡由だけが謀反人で元州諸官は利用された被害者、という斡由の大芝居は尚隆には通じなかったんだ。斡由に操られてではない、諸官の意思を確認したかったということではないかと。
では元州諸官は何故動かなかったのかというと…王を殺す意志がないからだよね。それが斡由が死んでもいい、という意味なのかどうかはもう少し後でわかること。
尚隆は苦笑する。

尚隆)斡由、よくもここまで見捨てられたものだな

この台詞、初読の頃はちょっともやった。一番味方しそうな更夜を外しておいて、なぶってるのかと。斡由もそう思ったらしく「おのれ…」とか口走ってる。
ところが続けて

尚隆)せめて獲物ぐらい持たせてやれ

尚隆は斡由に剣を渡すよう小臣を促し、小臣は斡由に剣を押し付ける。
尚隆が斡由に本気で剣を渡そうとして、渡した。
王が、それも圧倒的に勝ってる王が、臣にも見捨てられて孤立した逆賊に自分と同じ武器を渡す。これはどういう意味か。
「天意のありかを知りたいのなら、なにも民を巻き込まずとも、俺とお前が打ち合ってみれば済むことだ」との語りかけが本気だってことを、尚隆は行動で斡由に知らせたんですよ。
尚隆が、丸腰の斡由に武器を突き付けて圧倒的な強者として話すのでなく、対等な立場になろうとした、ということでしょう。でないとどんな説得も斡由に受け入れられないから。
海神はみんな好きだけど、ここ三指に入る好きだー。どこが良いって尚隆が斡由に危険を冒しても自分の考えを伝えようとしてるとこですよ。そして、斡由の考えを探っているとこですよ。それまでの、自分の論を並べて受け入れられなければ相手を否定するみたいな説得との違い、自分を知らせ相手を知ろうという意志の存在。
小野作品では通じない対話がよく出てくる。通じないストレスが溜まったところで通じる対話が出てくると凄い快感なんですよ。うまい!と思う。
斡由もね、小臣に剣を押し付けられた、てことは剣を積極的に取ろうとはしなかったということ。斡由も尚隆の行動の不可解さに気づいて必死に考えてたんだね、そして剣を持ってから震えだしてのは…解ったんだね、尚隆が本気だってことに。尚隆が王への反逆者への憎悪より民の命を優先すると本気で言うのなら、先王に忠実な父に叛いて民を守った者を処刑するだろうか? 新王がそんな王であるのなら、斡由のやってきた誤魔化し、影武者の幽閉も囚人の始末も謀反も誘拐も必要なかったことになる。
これは怖いよ、大軍に取り囲まれたり、臣に見捨てられたり、喉に剣を突きつけられたりするのよりずっと怖い。斡由はけして気は弱くない、喉に剣を突きつけられても貴様だのおのれだの言ってたんだから。尚隆が出てくるまではぺらぺらしゃべってたのが、尚隆が出てから妙に断片的にしか話さなかったのは、斡由も考えてたんだね、尚隆が何者か。王じゃなくて尚隆が何をしようとしてる何者か。

●何故尚隆は斡由を否定しなかったのか

雁では尚隆は天意を受けた王だから絶対に正しいとされているけれど、実は意外に自信がない。五章2で言ってたように、王だから期待されてると思ってる。小松の頃からそうで、皆が自分に親しむのは自分が領主の倅でいずれ国を継ぐからだと思ってた。(六章4)
これが尚隆が父に歯向かえなかった隠れた理由なんじゃないか。父の倅だから慕われてたのなら、父に叛けば皆に慕われなくなると思ってたから。民に託されるから王なんだと尚隆は七章7で言っていた。それは謙虚なのと同時に危ういとも言える。
民に託されなければ王でいられないからといって、民が危険にさらされても民に知らせず、大丈夫だと安心させていれば、ずっと民に託されるかもしれないけど、でもそれっていいことじゃないでしょう?危険は現実にやってくるんだから。
つまり、民に託されるのと民を生かすとの間で矛盾が生じることがあって、小松尚隆は託されることを優先させたんだよね。それで民を生かせなかったから苦しいんだ。
そこへ斡由が、臣にわざと見捨てさせることで、臣を生き延びさせようとした。小松最後の戦の前の尚隆と真逆のことをした。
尚隆は愕然としただろう。あの時わざと民に嫌われて自分の首を持たせて投降させてたらどうだっただろう?もちろんそんなことしてもうまくいく保証はない(蓬莱は常世ほど倫理的じゃないから。麒麟もいないし)。だけど自分は試みもしなかった…
尚隆が斡由を認めるというのは斡由と同じことができなかった自分を自覚するということ。
ここが尚隆を最高にかっこよく感じるとこなんですよ。自分の中の固定概念を変更させたから。尚隆は斡由を否定することだってできたんですよ。そうしたら自分を省みないですむ。
小松で父への進言を受け入れられなければ潔く諦めて、民を捨てて別の国の主になれと勧めた老爺をふざけるなと怒鳴りつけ、自分の首で民の命を購うと臣の前で宣言して、瀕死になるまで戦った自分に満足して、天意を受けた王をやれる。
尚隆がそうしなかったのは…非常に聡明かつ誠実なせいもあるけど…苦しかったからもあるよね。どんなに頼られても誰も助けられなかったじゃないか。それで天意を受けた王だと、ふざけるなはどっちだ!と自問しても、雁の者は六太も三官吏も王を待ってた人たちだからこんなことは話せない。罪に対する懲罰がなければ自分自身を疎むしかない。人知れず己を責める尚隆の孤独。
そこへ斡由が自分では知らずに指摘しちゃったんだな、小松尚隆に何が足りなかったか。誤ろうと嫌われようと不孝ものになろうとも、民を生かすことを優先すればよかった、と。
一方斡由も、王なんてこんなもの、とか、どうせ誰にも理解されないから騙すしかない、とかの固定概念をがたがた震えながら変更させてたんだ。
なんというかね、二人ともかっこいいよ。大好き。

●元州の普通の人々その5

「―畏れながら、主上」
白沢が平伏する。それに倣ってその場のすべてが叩頭した。

白沢たちは何故何のために平伏したのか。

白沢)卿伯はもはや主上の御前に討たれたも同然でございます。無用の争いをお厭いになられるのなら、これまでに。なにとぞ卿伯には温情ある処断を賜りますよう

卿伯に温情を賜りますよう…つまり、斡由の命乞いをやったんだ。白沢だけでなくその場のすべての諸官が。
ここで肝心なのは、この人たちが知ってる王は尚隆じゃなくて梟王、謀反があれば里を皆殺しにした王だということ。この人たちにとっては決死の行動だったんだ。
元州を操られた被害者として自分から切り離そうとする斡由の策は完全に破綻した、尚隆じゃなくて白沢たちのせいで。そして、どうせ誰にも理解されないから騙すしかない、という斡由自身の固定概念も崩された。
白沢たちになんでそれができたかというと、五十年近く斡由と共に荒廃と戦ったからだろう。元州のためにならないとして捕らえようとした主でも、眼の前で斬られると思ったら、たまらなかったんだろう、白沢だけじゃなく、諸官全員が。
斡由はどんなに驚いたことだろう。はっきり言って舐めてた白沢たちに自分の策を破られて。
どんなに愕然としただろう。この土壇場で自分を見捨てようとしない諸官は、元魁幽閉の秘密を打ち明けても斡由を見捨てはしなかったんじゃないか?だったら斡由の誤魔化しは全て不要だったってことになる。
そして、どんなに嬉しかったことだろう。決死の行動で相手を救おうとしたのは斡由も同じ。五十年近く一緒に荒廃と戦ってきたことで、斡由と諸官の間には切りようのない絆が生まれてたんだ。
不信に取り憑かれてた斡由が自らの不信に裏切られるここが、海神で一番好きなとこです。いいな〜元州の普通の官吏たち。十二国記世界の人になれるならこの人たちの一人になって、斡由にがんと一撃食らわせて徹底的に救ってやりたいです。

一方、尚隆は斡由と白沢たちを見ていた。斡由がもうひとりの小松尚隆なら、白沢たちは小松の家臣たちに相当する。白沢が斡由を見捨てなかったように、小松の老爺も尚隆を見捨てなかったかもしれない、たとえ尚隆が父に背いたとしても。苦い思いを噛み締めながら、なるほど、と尚隆は苦笑する。つまり尚隆もがんと一撃食らったってことだな。
斡由を見れば、斡由は剣を置いてその場に膝をついた。

尚隆)州城を開城せよ、斡由。州師をいったん解散させよ

斡由が白沢たちに罪を擦り付けようとしたと尚隆が思ってたら、絶対にありえない!ところがここです。尚隆、すぐこの台詞が出たあたり、斡由と打ち合いになるとはもとから思ってなかったね。
尚隆は斡由を元州の主として遇している。
そもそも、州師が斡由の制御を離れて暴走し始めたのがきっかけだったんだから、斡由には統制する能力はもうない。よってこの命令は実際に斡由に州師を解散させるためのものではなく、象徴的なものだな。暴走し始めてしまった際に自分が全責任を被ろうとしたからこそ、斡由は主で、だから降伏を求めたとすれば意味が通る。

斡由)確かに……承りました

斡由は深く頭を垂れる。白沢たちを切り離す策が破れたからには、斡由は元州の主として降伏するしかない。自分のこの王に対する理解が妥当かどうか、この王が本当に民を殺さぬかどうか、賭ける気持ちだっただろう。二人のまともな会話はここだけ。すごいなー。
ここに斡由の乱は終結した、と尚隆は思ったろう。もうひとりの自分を生かすことに、ぎりぎり間に合った、と。しかしそうは問屋が卸さなかった。尚隆が知らない秘密を斡由は抱えていたから。

(あまりに長いんでここで分けます。いや、感動してる文で笑えるわー)

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