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ネタバレいっぱい海神再読第三十九回 八章2前半 追い詰められた斡由は何をしようとしたのか

(これまでの変わった解釈の大元がでます。できたら原作と併せて読んでください。)
あらすじ:六太は諸官の前で斡由を告発する。そこへ白沢が頑朴城下の州師の暴走を報じる。斡由は白沢、諸官、六太、王に罪を擦り付けようとする。白沢は斡由を捕えるよう小臣らに命じる。

●六太の告発

斡由を訪ねた六太。なんで訪ねたのかというと、七章で知ったことを元州諸官の前で突きつけて、斡由を追い詰めるためだったんだろうな。城外では漉水作戦が予定通り進行中、しかし城内はまだ斡由の指揮下にある。六太は使令を使えるとはいえ、妖魔を使える更夜もいる。脱出するのは困難、脱出できたとしてもそのままでは斡由ごと諸官も攻めることになってしまう。よって諸官に斡由の欺瞞を暴露し離反させようとしたんだろう。尚隆は万一六太が危険になった時のために近くで待機する…という具合じゃないかな。

六太)お前、どうして親父さんを幽閉なんかしてんの?

との爆弾発言への斡由の反応。
「眼を見開き」 「一瞬、眉を顰めて、それから笑んだ」
うわぁこいつ、とんだ強心臓だ!
元魁幽閉といえば、更夜に囚人を始末させてまで守ってきた秘密。そして多分、斡由を謀反にはしらせた隠れた理由。一章3にある通り尚隆が諸官の整理を始めて州侯を交代したら幽閉のこともバレるから、王の上に成ろうとしたんだよね。その秘密をいきなり暴露されて、笑んだ、って…自由に表情をコントロールできるんだな。
で、もっともらしくすらすら申し開く。
元魁について「人違いでごさいましょう」
内宮の影武者について(諸官のごく少数だけが視線を逸らした、てことは感づいてた者もいたんだ)「私も存じませんでした。誰がそんな非道なことを」
六太誘拐について「(更夜が)まさかあんな道に悖る行為を行なうとは夢にも思わなかった」
…ところが更夜は五章3で六太に、策を授けたのが斡由だったって打ち明けてた。斡由はそのことを知らなくて、自分が嘘つきだと六太に白状するも同然なことをやってしまったわけだ。
この時更夜は何も反論せずに俯き、斡由はそれを見やってた。更夜は何を擦り付けられても受け入れる、とわかってやってたということ。
そこへ白沢が飛び込んでくる。

●白沢の報せ

頑朴対岸で州師が堤を切ろうとして民と争いになり王師が民を守った。それを知った城下の者が離散を始めた。
それは尚隆の漉水の堤に係る策がついに全貌を現したということ。斡由は窓辺に駆け寄る。雲海の下、雲があって、下界は見えない。
斡由は心理描写のないキャラだけど、二回だけ明らかに斡由視点の記述があって、一回目がここ。五章3・六章2で見渡してた下界…元州・頑朴が雲で見えない…
白沢は言いつのる。 

白沢)これで元州は終わりでございます。(斡由は)御立派に天下の逆賊におなりです。(諸官に向かい)お前たちも逃げなさい。(戦端が開かれれば)お前たちまで悉く誅伐されてしまう。

斡由は窓辺を突き放すようにして振り返る。

●斡由の反論 

斡由は白沢の胸倉を掴んで投げ捨て、反論開始。
①(白沢に)俺が謀反を言っても支持したのに、逆臣と呼ばれれば見捨てるのか!
②(諸官に)堤が欲しい、元州のために権が欲しい、治水を行ない均土を行いたい、民のためにそれが必要なのではなかったか!
③(諸官に)お前たちは王にでなく、私に忠誠を誓ったのではなかったか!
④(白沢に)私の民を思う心に付け込み逆賊となるべく唆したのはお前だろう!
⑤(更夜に白沢を)ー連れていけ。
(命令を実行に移そうとしない更夜を無視して)
⑥(州司馬に)州城を死守せよ。私は関弓に台輔をお連れし顛末を王に報告して裁量をお願いしてくる。
(六太は元魁の「傷を隠すためになら何でもするぞ」を思い出す。六太は斡由を否定し、一人で帰ると言って歩き出す)
⑦(六太を見送りながら口許を歪めて)台輔までが私を罪に陥れようというわけだ…
⑧(白沢に)お前、王や台輔と謀って、私が逆賊となるよう唆した、そうなのだな?
⑨(六太に王はそんなことしないと言われて)私が六官の王の暗愚なるを嘆く声を知らないとでもお思いか。…ああ(自分が)蓬山に昇山して天意を諮っておれば。

この反論、滅茶苦茶です。①~③はまだいい。謀反にはそれなりの理があり、だから皆賛同したというのにいまさら斡由一人を責めるってどうよということだから。しかし④で「唆された」 と言うことで斡由は自分から謀反の理を否定してしまうんだね。斡由の治水についての理に共感した読者に冷水を浴びせる言動。
⑥で斡由は王に阿って一人だけ罪を逃れようとしている。六太に断られると⑦⑧のように六太と、たった今阿ろうとした王にも唆しを擦り付ける。⑨で天意を受けて王になりたかったと言って天意への挑戦者としての自分も捨てる…
この反論で斡由はそれまでの自分の魅力を自分から捨てている。
斡由は何故そんなことをしたんだろう?

実は私、初読からかなり斡由推しでして、なんせ荒廃と戦ったし、世界設定に突っ込んでくれるし、知能犯の悪の魅力もあるし。なのにラストで存在感が消えてしまう。出ずっぱりで仕掛け人役なのに変だと思ってた。少し読み込んだところで斡由が変になるのはこの反論のとこだと気付いた。
何というか、いきなり莫迦になってしまう。
反論するならもっとやりようがあるだろ、堤を切ったのがだめというが水攻めされたらお前たちも殺されるんだぞ、とか、そもそも堤がなかったのは王のせいだ、とか、なんで水攻めに使える場所にだけ堤を造ったか考えろ、とか。元魁は幽閉される前梟王に阿るために民を処刑してたから、あのままだとお前たちも処刑の手先になるか反対して処刑されるかだったんだぞ、とか。
そういう筋の通った反論は一つもせずに、味方にしておかないといけない者を口撃する。王にも阿ろうとした直後に口撃する。あげくにいまさら昇山すればよかったとか言う。天意に突っ込む姿に喝采を送ったこっちはどうなる…
斡由が悪人なのはともかく、莫迦に、それもいきなりなったというのはすっきりしない。なんとか二次とかでこじつけられないものだろうか。呪いとかどうだろう? 荒廃と戦う力と引き換えに七十年後に莫迦になる呪いとか? そういう悪魔との取引的なのって十二国記ぽくないんだよな…
てなことを考えながら再読してて、ぎょっ、とした。

●「観客がいれば信じたろう。そのようにしか見えない」

六太の独白。⑥のあと、斡由の、臣下に裏切られた悲運の令尹にしか見えない苦渋の滲ませぶりへの感想。つまり斡由が芝居がうまい嘘つきだということ。
だったら、あのいきなりの莫迦ぶりも全て嘘だったら? 
何のためにそんなことをしたのか?もし尚隆があの場に現れなかったら何が起きていたか? 
白沢に命じられた通り、小臣は斡由を捕らえる(八章2後半で尚隆に「よくもここまで見捨てられたものだな」とか言われてたから、多分そうなったでしょう)。白沢たち元州諸官は斡由を王に差し出し、六太は斡由の悪事を告発するが、白沢たちは斡由という悪人に騙され罪を擦り付けられた被害者だとも証言する。
元魁も影武者の老人も救い出され、斡由の罪を証言するだろう(舌を切られても神仙なら言うことがわかる)。もと共犯者の老人の証言があれば斡由の罪は完全に立証される。自分に不利な証言をするに決まってる老人を生かしておいた理由はそれだ。斡由自身を元州のための最後の切り札にするための切り札。なお、幽閉は斡由がひとりでやっていたことだから諸官に罪は及ばない。
こうして元州諸官と元の民は斡由の被害者として王のもとで生き延び、斡由だけが醜く浅ましい悪人として斬首されただろう。
また、もしも斡由が擦り付けを行わず、諸官をまとめて戦っていたら、多分水攻めで負けただろうし、全滅させられる前に降伏したとしても諸官は全て斡由の共犯者。そして斡由たちの知ってる王は梟王なんだよ、一章1にあるように不満を言っただけで一族縁者皆殺しにした王。謀反に与したとなれば諸官も逆賊として皆殺しになりかねないと白沢も斡由も思ったのだろう。
斡由がひとりで悪人になれば皆が助かる。何もかもうまくいく。斡由ひとりが死ぬだけで。究極の自己犠牲。
いやまて、それじゃ斡由、いい人すぎない?
斡由がいきなり莫迦になるのといい人になるのと、どちらがより辻褄が合うだろうか?

●斡由)(更夜に白沢を示して)ー連れていけ

斡由の反論とその前の六太の告発への反応を比べてみる。
六太の告発に反応した時は通常運行の斡由。自分以外の者に擦り付けてはいるけど、具体的に誰と言うことなく「誰がそんな非道なことを」とぼかしている。唯一名を挙げてるのが更夜。人望がなく斡由の擦り付けに抵抗しない更夜だけ。
ところがおかしくなったあとの反論では白沢や諸官など味方の多そうな人間には露骨に擦り付けているくせに、更夜は擦り付ける相手にしていない。最も擦り付けに適した人材が更夜なのに。もし白沢や諸官を自分から切り離すために「擦り付け」を装ったのなら、本当に擦り付けられてしまいそうな更夜に擦り付けないのもわかるけど。
かわりに斡由は⑤で更夜に白沢の始末を命じているけど、そもそも更夜による囚人の始末の巧みさは斡由が命じたのか更夜が勝手にやったのかはっきりしないところにあった。今回は斡由が皆の前ではっきり命じて、なおかつ更夜が実行するかどうか見届けようとしてない。これは「斡由が更夜に始末を命じる」ところを皆に見せつけて、更夜が罪を逃れられるようにしたとしか思えない。
更夜、君も斡由が自分から切り離して救おうとした臣のひとりだったんだよ。良かったね。

●斡由が大芝居を始めたきっかけは何か

一度は更夜に擦り付けようとした斡由が何故方針を変えたのか。間にあったのは白沢の報せ。
頑朴城下は総崩れとなりもはや勝ち目はなくなった。そして白沢の台詞。

白沢)これで元州は終わりでございます。(斡由は)御立派に天下の逆賊におなりです。(諸官に向かい)お前たちも逃げなさい。(戦端が開かれれば)お前たちまで悉く誅伐されてしまう。

「(戦端が開かれれば)お前たちまで悉く誅伐されてしまう」
斡由がおかしくなる直前の白沢の台詞は、斡由の敗北を告げるものでも斡由への非難でもなく、ぐずぐずしてて戦端が開かれれば諸官も白沢も頑朴城下の民も誅伐されることを告げたもの。民が逃げたのは悪人の斡由からじゃなくて王の水攻めからかもしれないんだよね。
誅伐を避けるためには即座に白沢らを切り離し元州を降伏させなくてはならない。それであの大芝居を始めたってわけだ。

●麒麟誘拐事件

⑦で斡由の供を断りひとりで関弓に帰ると部屋を出ようとする六太。それを見送りながら、斡由は口許を歪めて言う。

斡由)台輔までが私を罪に陥れようというわけだ…

六太にまで擦り付けようとする斡由…のシーンだけど、これ、変じゃないですか?
斡由はなぜ、八章2の絶体絶命の状況下で、人質である六太が自分のそばから離れていくのを放置したのか?
斡由は誘拐犯で六太は人質、それも殺せば王という敵方の長を遠隔殺人できるという超貴重な人質。
「戦いが王に有利に進めば、焦った斡由は麒麟を殺しかねない」
四章4でも五章2でも五章5でも五章6でも危ぶまれてた事態になったというのに、部屋から出ていこうとする麒麟を口許を歪めて…つまり笑って見送ったのがただ莫迦になったせいだというのは不自然すぎるんじゃないだろうか? 
しかし、もし斡由が元州のために芝居してたのなら、六太は「斡由ひとりが悪人で白沢も諸官も斡由に騙され擦り付けられそうになった被害者」と王に伝えてくれる証人で、それが望み通りに騙されてくれたという会心の笑みということになる。
いやそんな莫迦な!と思われるかもしれませんが、斡由は誘拐犯で六太は人質で、麒麟を殺せば王も死ぬのはシリーズ始めからの設定だし、この話の中でだって繰り返し念押しされてたのが、何の意味もなく無かったことにされるとは思えない。百歩譲って追い詰められた誘拐犯がいきなり莫迦になって、人質がひとりでアジトを出ていこうとするのを笑って見送る異色ミステリだとしても、そのことが全くクローズアップされないのはおかしい。
作者が中盤までの伏線を忘れた? それこそありえんと思う。小野先生ですよ?

●斡由は何故元州を守ろうとしたのか。

このように斡由が嘘をついてたとするとあの言動にそれなりの道理が立つんですけども、斡由がいい人なわけがない、という意見も当然あるでしょう。なんと言っても慈悲の神獣麒麟に否定されているし。
実際、斡由は「いい人」じゃないんだよね。
白沢だって尚隆のもとに宣戦布告に行かせたところで殺される可能性大だった。諸官だって女官やその友人のように邪魔な者は始末してる。更夜にも汚い仕事をやらせて擦り付けかけてたし。
それが一変して自己犠牲までして助けようとしたのは、元州の敗北が決定的になったから。
思えば、斡由の五十年近くに渡っての荒廃との戦いにしろ、その前に王命による民の処刑をしようとしてた元魁の幽閉にしろ、元州のためにやったことだった。
ならば斡由の悪行も元州のため、と少なくとも斡由にとってはそうだったのではないだろうか? 斡由が尚隆を治水もしない、早々道を失いそうな愚王と捉えてたとすれば、元州を手渡して滅茶苦茶にされたくなかったのもわかる。元州を守るために全てを正当化してきた斡由が最も恐れるのは、斡由自身の失策で元州が滅びることじゃなかっただろうか。元州…白沢も諸官も更夜も、頑朴の街も元州の野の緑も民も全てが元州だ。
更夜に擦り付けるのを辞めた理由はそれだけじゃない。犠牲になって元州をかわりに救うのは更夜には無理だから。白沢にも諸官の誰でもできない。でも自分ならできる、自分にしかできない、と斡由は思ったから自分が犠牲になろうとしたんじゃないかしら。
斡由の悪人たる所以は他人を道具的に扱うところだった。自分の望みに対して迷いのない、目的が手段を正当化する男、斡由。それが自分に対しても例外じゃなかったということなんでは。

●斡由は何故そんなにも元州を守ろうとしたのか

斡由が元州を守りだしたきっかけは元魁を地下に突き落としたことだけど、その前に王命による民の処刑に反対して争ってたのは元魁の証言からも明らか。で、争った動機だけど、民の救命、元州を自分の考えで動かしたいという欲望、それから民を救うという絶対的善行をすることで自分の中の歪みを解消したいという望みもあったんじゃないかな。
斡由の中には大きな歪みがある。嘘をついて他者を操ることができるという歪みと、皆が信じる常世の理に囚われず世のあれこれを独自に考えられるという歪み。世の中のことを考えられるのは現代のこっちの世界では悪いことではないけれど、当時の常世では四章1で驪媚が言ったように罪深いことだった。つまり更夜と妖魔を使う前から斡由は一種の妖魔、常世の異物だった。斡由がそのことを自覚し孤独を感じてたとしたら?
斡由が元魁の影武者をたてて元州を騙して支配出来たのもその歪み故なんだけど、元州はそれで守られちゃったんだよね。正しい権を持った正しい州侯や国府の官たちが正しい新王を待って民を一章1の荒廃に晒していた時に、斡由が、違法で嘘つきで罪深い斡由が、元州を守ることができた。
斡由はどんなに救われただろう。自分に守られることで自分を救ってくれた元州は手放したくない、と同時に自分のせいで共に滅びるくらいなら元州を切り離して自分だけ滅びようとするくらい、大切なものになっていたのだろう。元州を守りきれたら斡由は負けじゃない。例え斡由が殺されても、否定されても。この世の全てに屑と言われても。
だから元州のために斡由は自分の歪みを駆使して戦う。かつて荒廃と戦った時のように。
こういう、自分の大切なもののために負の力をも駆使するってのが凄くツボなんだよな。
ところで、斡由がよく荒廃と戦えたのは別に特別な力があったわけではなくて、ただ単に諦めなかっただけじゃないかな。私はずっとその頃の斡由が見たかったけど、八章2に気がついてから、こりゃ五十年くらい持つわと納得しました。

●斡由の歪み

嘘をついて他者を操れるという斡由の歪み、かつて弓の失敗を下僕に擦り付けて死なせてしまった(七章4)のもその歪み故。
歪みはその後も斡由の中にあって、更夜を始末屋にしてしまったりしたけれど、斡由は下僕の件をずっと心の底で悔やんでたと思う。
斡由が元州諸官を自分から切り離すために装ったのが、罪を他人に擦り付けて自分だけ逃れようとする屑だったのがその証拠。それは下僕の件で斡由がやったことで、この上なく醜く見捨てられて当然な者になりきるために、そうしたんだから。
斡由が元州のために荒廃と戦ったのも、八章2で自己犠牲やったのも、歪んだ自分との取っ組み合いだったんだなあ…自分の限界を自覚して限界と取っ組み合っちゃうキャラがほんと好きだ。

●長くなったんでまとめ

頑朴城下が総崩れになってからの斡由の無茶苦茶な言動は、斡由が元州を自分から切り離して救うための大芝居と仮説すると辻褄が合う。

この仮説を思いついてから斡由がほんとに好きになりました。私が好きな斡由はこの斡由です。やっと書けたー!
でも初読の方にはまずいだろうと思うのでネタバレと明示してしか書けません。あっているかどうかは分かりませんが、この仮説でないと私には斡由の言動の辻褄が合わせられません。斡由が見えなくなる…

あと、もう一人、この仮説を採用すると様相が変わるキャラがいます。

次回、八章2中盤、尚隆登場!

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