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留学なんかしても、英語は話せません!

 私は帰国子女でもインターナショナルスクール出身でもなく、おそらく、これをお読みのあなたと同じように中学生から英語を始め、This is a pen. から学びました。

 英語は、新しい世界への扉を開いてくれるようで大好きでした。私は中学1 年生の英語の先生に恵まれたおかげで、中学・高校とずっと英語の成績だけは良く、「英語なんてカンタン。自分は当然、すぐに英語をペラペラに喋れるようになる!」と思っていました。

 でも、その小さな自信は大学に入って“ こっぱみじん”に崩れ去ったのです。

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 私の入った大学には「語学研究所」という、さまざまな語学を勉強できる施設があり、英語を勉強したかった私は「楽勝だろう!」と思って「英語講読初級」という講座を取りました。

 そこで待っていたのは、まさに英語地獄。いきなり英語のネイティブスピーカーがネイティブスピーカーのために書いた美術史の本を渡され、初めての授業で「2 ページ読んできてください」と言われたのです。最初の1 行すらわからず、8 時間かかっても読み切れない状態でした。

 半日かかっても、たったこれだけの理解しかできない自分への落胆。そして、今までの自分のプライドは何だったのだろう? という思い。どこをどうやって、英語なんて楽勝だと思ったのか? という恥ずかしさ。友人たちに、さも英語を話せるという態度で接してきたことへの後悔。次の日、徹夜でボンヤリした頭でなんとか授業をこなし、家に帰って、これまでにないほど落ち込みました。

 講座の教授には「訳すな!」と何度も言われ、その度に自分はだめだと落ち込みました。気力を振り絞って授業を受ける毎日でした。

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 なんとか、英語を話したい……。

 そんな悶々とした日々が、3 ヶ月、4 ヶ月と続きました。そんなある日、「交換留学」があることを知り、それにチャレンジすることにしたのです。正直、不安でいっぱいでした。英語がまともに話せないのに、留学なんかしたら丸1日何も話すことなく1年を過ごすことになるのではないか? そんな1年を過ごすことになったら、唯一残っている「話せるようになりたい」という思いさえ、粉々になってしまうのではないか……。

 しかし私は、最後の勇気を振り絞って「交換留学」に参加することにしたのです。

 当時の私には、留学に対する憧れと同時に、「留学すれば、英語ができるようになるでしょ。アメリカでは3 歳の子どもだって英語を話しているじゃん」という思いがありました。そして、「3 ヶ月後には英語がペラペラになれる!」という期待を胸に、飛び込んだアメリカはワシントンのジョージタウン大学。

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 結論から言うと、10 ヶ月現地にいても「ペラペラ」のうち「ペ」くらいにしかなりませんでした。留学するとすぐにアメリカ人の友達ができる……という幻想。そう、そんな幻想を抱いていたんです、私も。それ、絶対、絶対! 嘘だと思います(笑)。

 ルームメイトがアメリカ人で日常英会話に問題がない、という人を除いて、留学生の多く(特に語学留学で来ている人たち)は「アメリカ人の友達が欲しい」という悩みを抱えています。

 なぜこんなことが起こるかというと、語学留学などで海外に行くと、周りは全部、アメリカ人以外。(そりゃそうだ、アメリカで英語を習う現地人なんていない!) そして、カリフォルニアなどの大都市になると、1 クラスの8 ~ 9 割が日本人、というケースもあると聞いています。ホームステイをしていても、ホストは共働きで夜遅くまで帰ってこない……。こんな理由で、語学留学では特に現地人とお友達になるのは難しいかもしれません。

 私に限って言えば、交換留学だったので、有り難いことにチャンスはたくさんありました。それにもかかわらず、できた友達は数人だけ。

なぜかというと……「中途半端な英語で話すのはハズカシー!」という思いから、1対1以外の場に積極的に出ていこうとしなかったのです。ネイティブスピーカーが複数いると話すスピードは加速するし、突っ込むことはできないし、スラングなど理解できない言い回しは増えます。

 結果として、ネイティブが複数いる場所では「寡黙な人」になってしまっていました。「寡黙な人」というのは日本から一歩外に出ると「何を考えているのかわからない人」「つまらない人」というカテゴリー分けをされてしまいます。

「英語に自信がない……」と暗くなっていた私のところに、アメリカ人たちが大挙して押し寄せてくることはなかったのです。

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 もうひとつ、留学してわかったことは、日本語で聞いてわからないものは英語でもわからない!ということでした。

 私の大学での専攻は商業。留学して学んだのは国際関係。時は大学3 年度。はっきり言って国際関係学の専門用語なんか日本語でも頭に入っていないのです。日本語で聞いてわからないものは英語でもわからないんです!(当たり前ですが……)

 大学では、普通の学生として授業を取っていたので、ものすごい量のリーディングの宿題が出ます。どれくらいかというと1 週間500 ページとか出るわけです。英語で500 ページというと、多いです。かなり多いですよ!

 本を読んでいる自分が、夢に出てくることもありました。そして定期試験の前には、図書館は24 時間オープン。深夜まで勉強の日々でした。が、こんなことをしてもまだまだ「ペラペラ」の「ぺ」程度だったのです。

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 留学を振り返って反省したことをまとめると、

●英語のリーディングは、読んでいる端から忘れてしまい、そして眠くなってしまう。
●渡米したばかりの頃、授業が2 ~ 3 割しかわからずテープレコーダーに録音してはいたが、いつも時間に追われていてテープレコーダーを実際に再生できなかった。
●間違ったら恥ずかしいので授業中に質問したり意見を言ったりできなかった。(その結果、成績の評価が下がりました)。
●クラスメートに気軽に話しかけられなかった。いつも英語で話すときは文法的に正しいのかどうかドキドキしながら話していた。
●ちょっと英語を訂正されるとすぐ落ち込んでいた。

こうしたことがありました。

今、振り返って考えてみると、しゃべればよかったんですよ。とにかく。話さないと本人が何を考えているのか、人となりもわからないし、誰かに「間違った英語で話すな!」と言われたわけではないので、自分の英語に自分から許可を出していなかったんですね。

 そして「交換留学」で海外に行って1 年……。「留学すれば英語を話せる」ということは、真っ赤な嘘だとわかりました。交換留学でも自分の思うようなレベルに達せなかった私は、失意のどん底、かなり落ち込みました。私には無理なのかもしれない。そう思う毎日でした。

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 しかし、とうとう私が「変わる日」が訪れたのです。

 私はそれをきっかけに、大勢のネイティブスピーカーの前や公衆の面前でも、ハキハキと、堂々と! 英語が話せるようになりました。

いったい私に何が起こったのでしょうか?

なぜ、急に英語を話せるようになったのでしょうか?

どうやってどん底から復活できたのでしょう?(つづく)

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