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M-1は芸人の芸の幅を狭めてしまったのかもしれないと思うようになってきた

M-1のせいで芸人さんは漫才にあまりに多くの時間を費やしすぎたのでは?と最近思うようになってきました。才能をもっと他に使ってほしいです。

芸人はとても多才な人たちです。演者もできれば裏方として考えられることもでき、その二つをこなすことができるのは芸人ぐらいです。今の芸能界を支えているのは芸人ですが、それは当然のことだと思っています。

しかし、いかんせん芸人の人数が多いです。今年のM-1だって4000組以上出場しているので、それだけでも8000人。もちろん漫才をやらないコンビもあるし、出場制限を超えているコンビもある。一体日本には何人の「芸人」がいるんだろう。

そして彼らが漫才というフォーマットに命を賭けすぎていることがとても勿体ないなと思うようになってきました。もっと他のことができるはずなのに。

M-1は芸人のためにでき、同時に多くの芸人を潰した

M-1はスター誕生です。くすぶる芸人の中から「とりあえず」チャンピオンを作って分かりやすく売らせるようにするものです。

最近のM−1はかつてほどスターを生み出せなくなったと言いますが、それでもM-1に出ないとテレビ露出できません。M-1が若手の全てなのは変わりありません。

多くの「芸人」という職業において飯を食べるにはM-1で結果を出せるかどうかがとても大事なことになっています。だからみんな本気だし、問題も起こってきます。

「今年のM-1ダメなら引退する」といってM-1に挑む芸人も多くいます。

紳助さんがM-1の出場資格を10年以内にしたのは10年やってダメなら芸人を諦めろという意味もあったと述べられています。

M-1は芸人のためにできましたが、多くの芸人を潰してしまいました。淘汰する機会でもあったんですね。

今の時代、漫才にこだわる理由はない

昔は、漫才かコントという二つのジャンルしかありませんでした。

だから多くのコンビはコンビ結成時にどちらかを選択肢、もしくは両方でネタを披露してきました。

しかし時代は移り変わり、例えばyoutuberが出てきて、例えばtiktokが出てきて、「芸人が一番面白い時代、一番脚光を浴びる時代」は終わってしまいました。

ネットコンテンツで見れば、漫才やコントという形態は古くなってしまったのです。

だから、例えば小説書いたり、絵を書いたり、自分の趣味を極めたりして、別路線で戦う芸人さんもかつてに比べて増えてきました。

これからの「芸人」という形が来年から大きく変わっていきます。

野性爆弾のくっきーさんはテレビで人気になったのではなく、別の活動で人気になってからテレビに輸入されてきました。

テレビで人気になるよりも、各自の活動の中で人気になってテレビで売れていくという芸人の形が今後増えていくはずです。

そもそも、「テレビに出る=売れている」という図式も崩れ去るでしょう。じゃないと芸人は今後ますます食えなくなってしまいます。

芸人がyoutuberになるこちに嫌悪感を示す人もいますが、芸人は本来多才で才能の塊です。媒体に合わせて自分を適応させることが可能なので、時代の流れに乗ってしまった方が良いはずです。

逆にM-1やキングオブコントが今の若い芸人たちの全てになりすぎていて、他のことをやるチャンスを自ら潰してしまっている気がします。

むしろ漫才やコントから距離をおいて、別軸で活躍しようと思う芸人が出てきてもおかしくないし、そういうコンビが増えていくべきなのだと思います。

という意味でM-1は想像以上に才能のある芸人を潰してしまってます。




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