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メジャーのない家

ミスiDに向けて、準備を始めたが、私には足りないものが多すぎた。
スリーサイズのデータ。
自分が全身写った写真。

困った私は、母親に頼ることにした。

かつて母は、洋服を作る工場で働いていた。
家には古いけれど頑丈なミシンがあり、趣味でもよく洋服を作る人だ。
メジャーはもちろんあるはずだし、スリーサイズだってちゃんと測れる。
おまけに高校の時は写真部だった。写真に対しても基本的な知識は、十分ある。

デジカメとパソコンが豪雨災害で被害にあったことは知っていた。
でも写真はスマホでいいし、メジャーくらいはあるだろう。

そう思って電話をしたら、母親から一言。
「今住んどる家にメジャーはないよ」

あ、と思った。
今の実家は市営のアパート。家は広くないし、5階だから母はミシンをアパートに持ってきてはいなかった。
『今の家は仮住まいである』ということに、はッとさせられた。

別にミシンは泥水に浸かったわけではない。無事だった家の二階にまだちゃんとある。
だからメジャーだってあるはずなのだ。
でも、市営アパートから実家までは車で10分はかかる。遠いわけじゃないけれど、メジャーのために帰るのは億劫だ。

メジャーなんて、百均で買えばいい。高いものではないし、私が自分でどうにかしてもよかった。

ただ、『実家に帰ればだいたいなんでもあった』あの頃はもうないのだと、私はついつい忘れてしまう。
直接被害に合ったわけではないのに、私もあの災害で『何か』を失った人になる瞬間が、こういう時にやってくる。

結局、祖母が身を寄せている親戚の家で、メジャーを借りることになった。

実家の隣に建っていた祖父母の家が、ようやく解体された。
実家のリフォームも少しずつ進んでいる。

まだ一年も経っていない。
もう一年も経つ。

どちらも正しい。
祖母の家を解体してくれる業者の人に私は元気よく挨拶をした。


お前はもっとできると、教えてください。