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オーダーメイド


M-1グランプリ2022が幕を閉じた。

今年も過去最多を更新する、7261組が当大会に参加。

そのうちの一組である私は、1回戦で相方丸島がまんまとネタを飛ばし惨敗してしまったことは自身の記憶に新しい。

あまりの惨敗っぷりにしばらくお笑いをテレビで観るのも嫌な状態になってしまっていたが、今年は決勝戦にキュウが残っていたこともあり、大会を楽しみにしていた。

私はキュウが好きだ。

ネタがとにかく好きで好きで仕方なく、またどんな流れになろうと我道驀進するスタイルがとにかく好きだった。

『でも優勝はさすがに無理でしょ?』

色んな人がそう言っていたが、私はとにかくキュウの優勝を信じていた。

「額縁をね、自分へのクリスマスプレゼントに買おうと思ってるんだ」

『このあいだの佳作の?』

「そうそう。めちゃくちゃ立派で豪華なやつ。お金掛けてオーダーメイドしようかと思ってる」

『100均とかで売ってるんじゃない?』

「いや。せっかくだから」

ほしいものある?と小峰遙佳が尋ねるので私は上記のようにすぐに額縁、と答えた。
ただそれは自分で買いたいんだ、と言葉を添えて。

『額縁にこだわってもしょうがないよ』

「でも多分これが最後だから。もうこんなのもらえることもないから」

『もう書かないの?』

「書くよ。それに応募もするよ。でも多分この佳作が限界だよ」

『でも毎日書いて練習してるんでしょ?続ければまた必ずひっかかるよ。もったいないよ』

彼女はそう言うが、私は一抹の焦燥感に駆られていた。
いや、虚無感に近い。

この前まではこう言ってもらえることで、少なからず私の才能を褒めてくれる人がいるんだ、と思うところはあった。

だが、いまはそれがない。
もうこれ以上は無理だという確信に近いものがあった。

「俺はね、8月のあの日、M-1グランプリの1回戦で渾身満力のネタを丸島がトばして。その帰路でわかったんだよ。
“ここが限界だ”って。多分あと何回やろうが無理だって」

『でもあれは不運なだけだよ』

「けどね、それで11月にエッセイでとれたのが佳作だよ。何年もエッセイも小説も応募し続けた結果が、あの佳作だよ。
いっぱいあるんだ。佳作の上にはいろんな賞が。あれは言わば、毎日休まず小学校に通ったことでもらえた通信簿の花丸だよ」

『そんなことないよ。続けなよ』

「書くのは好きだから続けるよ。でもテレビゲームのほうが好きだからテレビゲームに飽きたら書くよ。でもテレビゲームよりはるさんが好きだよ」

『ごめんね。いまそれ言われてリアクションする余裕が私にはないの』

夏から連絡がとれなくなった小峰遥佳だが、彼女は気が向いたときにフラッと連絡はよこしてくる。

基本的にラインは私から送っており、すぐに既読がつくことは少なくなった。

それをうけて私は特に追撃することなく、まあ忙しいんだろうなと思い、しばらく日を開けてから時には別の話題のラインを送る。

まるで風俗嬢との駆け引きだ。まったく。金がかかっていない分だけよしとしたい。

『言い方悪いかもだけど、それが本職じゃないからさ。とりあえず休んで、また力が湧いたら好きなことをやりなよ』

「そうだね」

そう言って電話を切った後、洗面台の鏡の前に立った私はまた深くため息をついた。

そこに映っている男はあまりにもひどかった。

だらしない身体、清潔感の無い恰好、ボサボサの髪、生気のない眼。

休日だからと言えばそれまでではあるが、あまりにもひどい姿だ。

きっと勝負に勝てる人間は休日からイケメンで清潔で恰好が良い。そんな気がする。

それから数日後に、私はTwitterで衝撃を受けた。

【キュウ、M-1グランプリ決勝進出】

文字を見ただけで、心が高鳴るのを感じた。

大会開始から不安が続いた。

序盤からテンポ良く小気味の良いネタが続き、ハイレベルもハイレベルでトップバッターからずっと爆笑が途切れない展開だった。

さらに中盤からはトリッキーでボケを連発するようなネタが続く。

この流れはテンポをゆっくりと、そしてひとつひとつのボケに時間をかけるキュウにはあまりにも不利だった。

9番手。

残り二組。9という数字からなんとなくキュウが呼ばれる気はしていたがその通りだった。

直前のヨネダ2000があまりにもトリッキーだったのでこの順番は避けたいところであったが仕方ない。

ネタ開始後もあまりにも不穏な空気が会場を包んでいた。

言うなればここまで休む暇なく走り続けさせられた観客の疲れも、このタイミングで露わになったかのようだった。

「頑張れ・・・頼む・・・」

私はマグカップを持つ腕に力を入れていた。

数年前に伊坂幸太郎のアイネクライネナハトムジークを映画で観た。

ボクシングの世界王座戦でウィンストン小野がコーナー際に追いつめられる姿を、ラーメン屋のテレビで原田泰造演じる藤間が応援するシーンを覚えている。

あの時の藤間も「頑張れ・・・頑張れ!」とグラスを握りしめながら応援していた。

それは家族に去られて自暴自棄になった彼が、唐突に自身の再起を、ウィンストン小野に託しているかのようなシーンだった。

この日の私の感情は、まさにそれであったのかもしれない。

情熱が蘇ってくるのを、私は感じていた。

「来年も出よう。頑張ろう」

大会終了後、私は相方丸島に「一年が終わったな」とメールを送った。

その返信が、「来年も出よう。頑張ろう」だった。

そして「キュウめっちゃ良かったわ」と続けてきた。

キュウの結果は残念ながら惨敗だった。

「順番が悪かった」
「運が悪くことごとくハマらなかった。多分ふたりも違和感がわかっていたんだと思う」
「大爆笑と普通のネタがあり、今回のネタは残念だけど普通なほうだった」
「この流れでこのスタイルはどうしても厳しかったけど、いくしかないという感じ」

と審査もかなり厳しいものであった。

けれどもボケのぴろさんは、その全てに小さく首を振り続けた。

それが彼らなりの自信であり意地であり、その姿は非常にかっこよく、私の心を強く打った。

【M-1決勝の日はいつも、自分ではない他の誰かの人生が変わる日でした。
それはそれは、もう当たり前に、テレビの前で、自分ではない他の誰かを応援する日だったんです。
そんな日にまだ人生を変える側にいさせてもらえていることに、チャンスを与えられていることに、ただただ感謝します】

戦前、ぴろさんはそうツイートしていた。

「来年も頑張りましょうか。色んなことを」

私は丸島にそう返信した。

期せずして、自分以外の誰かを応援する“誰か”が、人生を変える機会にまた挑むきっかけを作っていただけています。

2022年終幕。

本年もありがとうございました。

長く、短い一年でした。

ちなみに私は丸島のラインをブロックしている。
基本は電話も着信拒否だ。

私と相方は、ずっとYahooメールでやりとりをしています。

2023年も、yahooメールさん、引続き宜しくお願い申し上げます。

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