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ドラマじゃない!本当に死ぬかと思った刑事の話【ある殺人現場にて】

刑事ドラマといえば殺人!
人が殺されるくらいの大事件じゃないとドラマとしては面白くありません!

とはいえ、警察官になったからといってそうは殺人事件にであうものではありません。

『名探偵コ◯ン』のように、週に一度は管内で殺人事件が起きていたら、それはもう日本の法制度では処理できない事態です。
警察官の人数を10倍に増やしたって処理できるかどうか…

そんなわけで、今回はある殺人現場の「死ぬかと思った」エピソードです。


時は真夜中…

警察署には『刑事』が当直しています。

当直というのは、24時間対応で事件の処理をする当番のことで、盗難、暴行、詐欺などなど、なんでもこなすことになります。

24時間勤務といっても、24時間みっちり働くわけではありません。

夜中には交代で4時間程度の仮眠をとります。

そんなわけで、私はある夜、ペアの先輩が仮眠をとっている間、1人で警察署の受付けに座っていました。

ピンポーン、ピンポーン

来訪者が訪れるとセンサーで音が鳴るのですが、見ると20代くらいの若い女性が1人。

ひどく慌てた様子で受付けに走ってきたので「どうしました?」と対応したのですが、その女性の申告に驚かされました。


自宅に帰って玄関ドアを開けようと思ったら、ドアの下から外に向かって血がたくさん流れてるんです!
怖くて開けられないので一緒にきてください!


そんな事態、聞いたことがありません。
ドアの下から血液?
じゃあドアの向こうはいったい何がどうなってるんだよ

すぐさま仮眠室に走り、ペアの先輩を起こしました。

「先輩、ヤバイっす!なんかヤバイっすよ!」

お前の説明のほうがヤバイよ、と冷たい言葉を投げかけられつつ、先輩と2人で女性から詳しく事情をきくことになりました。

女性は父・母と実家で暮らしいてるOL。
同僚との飲み会を終えて深夜に帰宅したところ、玄関ドアの下から大量の血液が流れているのを発見して、恐ろしくなって屋内を確認せずに警察署に駆け込んできたとのことでした。

事件にしろ、事故にしろ、なにか大変なことが起きているのは間違いありません。

私たちは女性を連れて覆面パトに乗り込み、彼女の自宅へと急ぎました。

玄関ドアの向こうには…

警察署から車で10分程度で現場に到着しました。

緊急事態であることは間違いありませんが、住宅街であることと真夜中であることを考慮して、サイレンは鳴らさず通常走行で現場に急行しました。

まず玄関ドアを確認。

たしかに、ドアの下から大量の血液らしき赤い液体が流れ出ています

表面はわずかに乾燥していましたが、量がおびただしいこともあって、まだ潤いを保っていました。

すぐに覆面パトから足場板を取り出しました。

よく刑事ドラマでも登場する、現場に自分の足跡を残さないための板ですね。

実のところ、あれはただのA4サイズの厚紙です。

そのため、意外とあの上を器用に歩くのは難しいんですよね。

さて、玄関ドアの向こうにはなにがあるのか…

ガラガラ…

な、な、なにもない……
なにもないが、まるで雨上がりの水たまりのように大量の血液がたまっていました。

しかも、その血だまりは、玄関から奥の部屋の方向に、まるでその血液の主が這いつくばって移動したかのようにのびていたのです。

た、ただごとじゃねぇぞ、コレ…
私たち刑事ペアと女性に緊張が走りました。


とりあえず裏からいくか、

玄関付近でなんらかのトラブルがあったことは間違いない。
それならば、あとで鑑識を呼ぶためにも玄関付近は荒らさないようにしよう。

そう判断した私たちは、裏の勝手口から屋内に入ることにしました。

勝手口のドアはカギがかかっていなかったので、そーっとドアをあけて台所の床を懐中電灯で照らしてみます…

なんと、そこにも大量の血液が移動した跡が

もう、なにがなにやらわかりません。
いったい、血液の主はどうなっているのか…

とにかくその血液の行方をたどると、台所とつながっている和室の方へと向かっていました。

しかも、その和室はなぜかフスマが閉まっているのです。

このフスマの向こうに答えがある…

そう確信した私たちは、スーっとフスマを開けたのでした。


包丁が刺さった遺体を発見…しかも!

和室は電気が消えていましたが、手に持っている懐中電灯で照らしているので中の状況はハッキリとわかりました。

部屋の中央に女性が倒れていました。

胸に深く包丁が突き刺さっており、シャツを真っ赤に染めていたのです。

女性は天井を見上げた状態で目を見開いていていましたが、おそろしく血の気がひいた真っ白な顔をしていました。

誰がどう見ても、何者かによって刺し殺されたことは明らかです。

ご遺体にばかり目を向けていた私たちでしたが、すぐにある『音』に気がつきました。

シューーーーッ…

なんの音…
っていうか、コレ、ガスの臭いじゃん!

室内をよく見ると、ご遺体から少し離れたところになんとプロパンガスのボンベが!

活性炭マスクをしていたせいで臭いに気づくのが遅れましたが、明らかに室内にはプロパンガスが充満していたのです!

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ…

ガスが充満した室内はとても危険です。
たとえば、なにか金属が強く擦れてごく小さな火花が飛んだとすれば、それだけで

ドカン!

です。

懐中電灯のスイッチを切ることもできません。
スイッチの金具で「ドカン!」もあり得ます。

ヤバイ、ヤバイ…

とにかく換気するしかないと思い窓を開けようとしましたが、内側からロックがかかっていました。
ロックを外せば金具で「ドカン!」も…

まるで退路を断たれたボンバーマン状態でしたが、とにかくこの時は必死でした。

自分のせいで「ドカン!」は絶対に避けなければ…
っていうか、もし「ドカン!」が起きたら間違いなく自分も死にます!

できることといえば、いま出入りした勝手口から換気するだけ…

一歩も動けない状態で、ガスが逃げてくれるのを待ちました。
ひどく長く感じましたが、おそらくそんなに長い時間ではなかったのでしょう。

まるで、首元にナイフを突きつけられた状態のまま、とにかくガスが抜けるのを待ったのです。


なぜこんな事件が?

ガスも抜けてやっと室内の捜査ができるようになりました。

まず、亡くなっていたのは警察署に駆け込んできた女性のお母さん。
そして、現場にはお父さんの姿はなく、車もない。

こうなれば、事件のカギを握るのは夫です。

すぐに緊急手配を敷いて夫の居場所の大捜索が始まりました。

私たちは現場捜査を担当しましたが、おそらく、玄関付近で刺し殺されて、和室まで引き摺られてきたのだろうと推測。

ほどなく、県内の離れた港で夫が確保され「私が殺した」との自供を得て事件は解決したのでした。

夫は妻の不倫を疑い、パート先の会合に出席するために出かけようとした妻を玄関付近で殺害。
布団がある和室まで引き摺ってきましたが、ことの重大さに気づいて「自分も死のう」と思いたち、プロパンガスを室内には充満させたのでした。

ところが、ガスのせいで気分が悪くなり、とにかくこの場を離れて人目につかないところで死のうと遠い港まで逃げていたのでした。

母を亡くし、その原因は父にある…

娘である女性は、その後はとにかくぼう然としたまま事情聴取に応えるのみでした。


事件を振り返ってみると…

実は、私は在職中に凄惨な殺人事件の現場に関わった経験があまりありません。

そもそも知能犯事件の担当なので、殺人事件は担当外なんです。

それでも、当直についていると全ての事件に対応しなくてはいけないので、初動捜査といわれる「とっかかりの対応」は全てできていました。

何度か殺人事件にも出くわしましたが、自分が最初に現場に踏み込んでご遺体を発見したのはこの時が初めてでした。

事件を振り返ると、あまりにもドラマチックな展開だったため、かえって現実味がなかったようにも感じます。

ご遺体を見ることには慣れていたし、目にしてきたご遺体のことを逐一は記憶していません。

それでも、この時のことはハッキリと覚えています。

目の前に突きつけられた理不尽な死。
そして、その死の傍らで、なぜか自分まで死にそうになっていたあの夜のことを。

警察官という仕事をしながら、色々な意味で「本気で死を間近に感じた」と思える事件でした。


※実際の事件なので、関係者の方々や事件を知る方が特定されないように編集を加えております。ですから、ここにある情報で事件をたどっても実際の事件にはたどりつかないことをご理解くださいね。

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