新シリーズ 民商事務局だった頃の話

ずーっと前からカクカクと言ってきたので・・・

私が民商事務局にいたのは、30年前だ。

政治に多少詳しいのはそのため。

できるだけ、時系列で書いていくつもり。

ただ、あまり良い記憶はない。

とはいっても、アカの猛者たちに「揉まれた」のも事実で、

ゆえに世慣れたのも事実。

一年そこらしかいなかったが、取り決め反故ったりされりゃ、気持ちは離れる。それゆえ去った。ずーっと、坪井令和(仮名)に嵌められたことが響いた。

過去に書いた、「1989年。平成が始まった年あれから30年・・・」シリーズを参照されたし。

拙著「凍てついた時、封じこめた時」では、あまり民商でんでんに触れていない。

功を焦ったのと、書き急いだから。


人間、大本が間違っていたら、後々まで響くし、歪んでくる。

ただ、坪井令和(仮名)を許すことはない。この女のせいで、私の人生は大きく歪み、狂った。

心の動揺に付け入って、夢追う以外に生きる望みのなかった者の真心を踏みにじり、人生を破壊した。

その、坪井令和(仮名)の業を検証するためにも、民商在籍時のことを、これから書いていく。

いまは、18万人しか会員がいないそうだ。

私がいた頃は、37万人いたが・・・

倉敷民商事件は、そんな、半減レベルの弱体化もあったから、起きたのかもしれない。

逮捕された事務局員3人が、共産党をくびになったかどうかまでは知らない・・・

現在は無名の、いちネット作家に過ぎませんが、 書き続けるためにどうか ご支援をどうか よろしくお願いいたします。 a.kimitoki2023@gmail.com