春凪志苑

物語書きます。着付け教えます。 お役に立てると良いなぁ。…まぁ、立てなくても、いただい…

春凪志苑

物語書きます。着付け教えます。 お役に立てると良いなぁ。…まぁ、立てなくても、いただいた命を精一杯まっとうしようと思います。

最近の記事

大人に捧げる童話 『暖炉のある家』

 雪の降り続いたあとの、夜でした。しんしんとした冷たい空気が、首筋や足元から、ヒタヒタと忍び寄ってきます。 澄んだ空に月がひとつ。 世の中の凡てを青白い光と漆黒の影に変えて、月はただただそこに浮かんでいます。  その、古い煙突の家もまた、青白い光と、影のコントラストに彩られて立っていました。 静かな夜です。 家の中から漏れてくる灯りを誰かの気配が揺らしても、外は静かに、夜の中を通り過ぎてゆくのでした。  その家に、気配はふたつ。ひとつはサーナ。ひとつはムーナ。 サーナは暖炉

    • 紅茸ゼロサム その9(最終話)

      救われた思いで男は汁を受けとり、寝ている娘の口元へ流し込んだ。 一瞬、胸を浮かせてから、娘は眠りよりも更に深い深い闇の底へ。 男は震える手で糸を引き、縫い目をひとつずつ、ほどいてゆきます。 ず、ずず。ず、ずず。 解放される喜びに比ぶれば、糸を引き抜く痛みなど一瞬にしかず。 血走った目を凝らし、抜く度に長くなる糸をもどかしく手繰りながら、 ず、ずず。ずずず。 ようやく最後の縫い目をほどき終えると、掌をべりべりと引き剥がし、男は娘を振り向きもせず、朝焼けの彼方へと逃げてゆきました

      • 紅茸ゼロサム その8

        短い夜が明けて。 むくりと起き上がった男が、何やら右手に違和感を覚え、ぼんやり顔を向けると、 血まみれに合わさった手と、手。 ひとつを辿れば、すやすやと眠りこけている妻がおります。 驚き妻を揺り起こし、 ふたりの手が血糊で塗り固められておるは何ごとかと問いただします。 娘は寝ぼけ眼で、ことのほか上手にかがれまして、よろしゅうございましたと答えました。 男が今一度、右手をよくよく見てみると、 糸が、皮膚を貫通しております。 手と手がきっちりと、縫い合わさっております。 茫然とす

        • 紅茸ゼロサム その7

          今宵は月が出ました。 夫が仕事から帰ってくると、 妻はいつものように微笑んで、珍しい酒が入ったと夫に勧めます。 夫もいつものように生返事をしながら、 やがて鼻をしかめ、 香を焚きすぎではないかと呟きます。 そのうち、酒に酔ったか香に焚きしめられたのか、 ふらんふらんと眠りについてゆきました。 妻は顔をそっと覗き込んで、 夫が夢の底へ落ちたのを確かめると、 部屋の隅から、隠しておいた絹糸の束を取り出しました。 真新しい縫い針に、糸の先を通します。 昼のうちに煎じておいたクサノオ

        大人に捧げる童話 『暖炉のある家』

          紅茸ゼロサム その6

          しじまに密やかな足音。 めかしこんで家を出た男の後ろを、男の姿に化けた娘が、見つからぬようにこそりと追いかけています。 と、辻を曲がって見失い、右往左往しているうちに、向こうから息をきらして駆けてくる人の気配。 行灯の明かりがゆらゆらと近づいてきて、娘の顔を仄かに照らしました。 その娘に向かって、娘の夫の名を愛しげに囁いた灯りの主は、 闇夜にも匂い立つような美少年。 喝食姿も麗しく、 目元にはゾクっとするような色気を漂わせております。 これがあの美少年かと気付く間もなく、 少

          紅茸ゼロサム その6

          紅茸ゼロサム その5

          嫌じゃ嫌じゃと娘は身体を震わせて、部屋の隅で蹲る。 継母は優しく娘の肩を抱き、お前は世間を知らぬから融通がきかぬのじゃ、さぁ、この世の楽しみを尽くして機嫌良う笑え、陰気な顔では、それこそ夫に逃げられてしまうぞ。 舟遊びに寺参りにと、娘を連れ出そうといたします。 されどこの娘、遊びで憂さを晴らせるほど器用ではなく。 あの朝の、掌を合わせた契りを心の芯にして、やっとのこと立っている始末。 それでも蒼ざめた唇に紅をさし、夜更けて帰ってきた男へ、ぎこちなく微笑みかけるのです。 すると

          紅茸ゼロサム その5

          紅茸ゼロサム その4

          雛人形を並べたがごとき祝言も無事にすみ、同じ顔が添い寝の毎日。 ある日、先に目覚めた娘が、夫となった男の寝顔を愛しげに見つめておりまして、ふとあることに気付いて嬉しげな声をあげました。 目を覚ました男が何事かと問えば、 我らの掌、同じ形に同じ大きさじゃと申します。 言い忘れておりましたがこの男、色白の美丈夫なれど、さすがに体つきはがっしりと逞しくありましたので、 「首から下が違えば同じ顔も目立たぬわの」 などと召使いたちにも囁かれておりました。 それが掌が同じと言われて、当の

          紅茸ゼロサム その4

          紅茸ゼロサム その3

          訊けばすでに契りを結んだ仲じゃと白状しました。 頬を桃色に染め、阿呆のごとく目は虚ろ。 親の知らぬ間にどこでどう事が進んだものか、あの男は娘の元へ、もう幾度となく夜這うておったのでした。 継母は座敷の隅に小さく畏っている娘付きの召使いをキロリと睨み据えましたが、今更夜這いの手引きを責めても致し方ありません。 父親へとりなして欲しいと娘に懇願され、渋々承知したのでした。 娘と同じ顔の男がおると言うと、 「広い世の中じゃ。同じ顔の人間の、ひとりやふたりはおろうて」 夫は海の荒く

          紅茸ゼロサム その3

          紅茸ゼロサム その2

          春夏秋冬を、600回ほど巻き戻してください。 舞台は堺の港。 異国との貿易で賑わう町の、 その貿易商人の家です。 後に会合衆のひとりであったとかなかったとか、 勢いあまるこの家には、娘がひとり、おりました。 裕福な家庭の例にたがわず、この家の主人も娘には贅沢三昧の甘やかしっぱなし。 産みの母親は、とうに死んでおります。 若い継母がおりまして、娘にとっては優しい姉のような存在。 父親には面と向かって言いづらいことも、この継母にはひそひそと持ちかけてまいります。 ある日、娘は継母

          紅茸ゼロサム その2

          紅茸ゼロサム その1

          ずりずりと、人間の姿をした『何ものか』が歩いてくる。 「…はじめまして。 紅茸と申します。 キノコです。 …ああ、今ご覧になってるこの人は、…さっきそこで借りまして。つまり端的に言うと乗り移らさしてもらいました。…キノコのまんまやったら、しゃべられへんでしょ? キノコいうて、いわゆる傘の形を思い浮かべた方。 残念。 あれが本体ちゃうの。 (手でキノコの形を作って)これはなぁ、胞子いうてつまりは卵やな、をバラまくためのモンで。つまりは子どもを残すとき、初めて土の上につくりま

          紅茸ゼロサム その1

          朗読劇 くろがね姫の離婚 最終章

          幾年か後の、とある賑やかな町。 行き交う人々。 色とりどりの品々を売る店が軒を連ね、威勢の良い商人たちの掛け声が飛び交う。 女も男も着飾って、 芝居見物の御一行、 愛を語らう恋人たち。 誰もが享楽に浸るその通りの 真ん中に、 汚れたシミがぽつんとひとつ。 オドオドと、 背中を卑屈に丸めながら、 両腕の無い女が立っている。 時折、人の顔色を窺っては、 「旦那、」 ぎこちなく笑う。 「お恵みを…」 誰もが女に気付いているのに、 誰も女を見ようとはしない。 まるでそのような女はい

          朗読劇 くろがね姫の離婚 最終章

          朗読劇 くろがね姫の離婚 14

          黒い盗人が持ち去ったもの。 クロガネは、 ブツン、ブツンと骨を切る衝撃に飛び起きた。 盗人の背中が闇に紛れて逃げていく。 空を掴もうとして、激しい痛みが襲いかかる。 折しも雲間に月が現れ、 クロガネの変わり果てた姿を照らし出した。 己の姿。 両の腕が、…消えている。 鉄の左腕が無い。 白い右腕も無い。 痛みを通りこし、驚きを通りこし、 心の臓が止まる寸前で、クロガネは気を失った。 このまま死ねるか。 どこかで何かが微笑む。 …否。 …否、死なせはしない。 クロ

          朗読劇 くろがね姫の離婚 14

          朗読劇 くろがね姫の離婚 13

          だが。 次の年も。 赤いシミが村じゅうを覆いつくした。 蓄えは底をつき、 村人たちは食べ物を求めて山の奥へまで彷徨うはめになった。 飢えは人を変える。 わずかな食べ物を巡って争いが起きた。 小さないざこざが大きく育つ。 怒りもあらわな村人たちが、目ばかりをギョロつかせて ウロつき始める。 「あの巫女、土に鉄の腕を突き刺して何やら恐ろしい呪文を唱えておったそうな」 「さては魔性の者か」 たちこめる噂。 赤いシミは、クロガネの鉄の腕がもたらしたという噂。 あの醜い鉄の腕が、

          朗読劇 くろがね姫の離婚 13

          朗読劇 くろがね姫の離婚 12

          「あなたを正式に、村の巫女としてお迎えすることと相成りました」 「良かったなぁ、クロガネ」 どんどん、と、イザギがクロガネの肩を叩く。 「これ、巫女様となる方に乱暴は…、」 「ここへ来る前にどんな辛ぇことがあったか知らねぇけどよ、これでおめぇも立派な村の一員だ。生まれ変わったと思ってよ、」 「姉ちゃん、もう会えないの? 」 「お籠りのとき以外は、いつでも会えますよ」 「…あれ、おめぇはそうか、生まれ変わりだったよなぁ。ってぇともっかい生まれ変わると、…どうなんだ? 」 「…も

          朗読劇 くろがね姫の離婚 12

          朗読劇 くろがね姫の離婚 11

          毎日の日課。 太陽が昇る頃、兄妹は母親の墓へ出かける。 クロガネも連れ立って、野の花を摘みながら歩く。 「母ちゃん、今日も一日、お守りください」 イザギが可笑しそうに、 「おめぇ、ここにぶっ倒れてたんだぜ」 朝露の滴。 クロガネは、こんもりした土の表面を撫でながら、そっと祈りを捧げた。 澄んだ空気を纏った、和らいだ日々。 収穫の日。 イザギの土地からは、一年を過ごすには余りあるほどの作物がとれた。 「すげぇや。こんな大豊作は、おいら生まれてこのかた見たことねぇ」 「…豊作

          朗読劇 くろがね姫の離婚 11

          朗読劇 くろがね姫の離婚 10

          猫の額ほどの畑に、豆や菜っ葉やイモや麦。 稲は青い頭を垂れ、まもなく黄金色に輝こうとしている。 「救世軍が国主の野郎をやっつけちまったから、土地はおいらたちのもんになったんだ。自分で耕したとこは、自分のもんにしていいんだぞ」 切り拓いたばかりの土地で、丁寧に石ころを取り除きながらイザギが言う。 「どんどん耕して、でっかい田んぼ作るんだ」 「姉ちゃん、これ」 ツツジが赤い花をクロガネの髪に挿す。 自分のひっつめ髪にも挿して、 「おそろいだ」 にっこり笑う。 ツツジは何をするに

          朗読劇 くろがね姫の離婚 10