だれのため、だれがため、かくため
好きなことは絵を描くこと、これは昔からかわらない
だけど、いつまで経っても美術の成績は3か4
とにかく好きだけど、下手、ド下手
理由はわかっていた
とんでもなくデッサンが下手なのだ
観察力が皆無、立体的思考皆無
我流に突き詰めれば全然OKみたいな
色相の話が意味わからないのだ
そんな色の理論なんて必要ないと思っていた
うまくなりたい理由は、同じ美術部の〇〇ちゃんに褒められたいから描いていた。
高校生の時はネットで描いていた〇〇さん
大学のときもネットで描いていた●●さん
数年前もネットで描いていた□□さん
に見てもらいたい、褒められたいから描いていた。
結局、ネットで描いていたこの三人から強烈にリムーブを食らった。
私は誰かに褒められたいから絵を描いていたのだ
しかし、出来上がるものはその方々には比べ物にならないほどの、ひどい出来上がりだった。というか作品にすらならない。
そのジレンマで「何を書いていくか」まったくわからなくなってきた。
あるライブの時、音楽に衝撃を受けて絵をかきあげた
音、照明、歌声、それを聞いた瞬間
頭の上に雷が落ちた気分だった。
そこに現れた絵はこんな感じだった。
その時、音に色を感じた
風景が見えたのだ
歌声は紫色 照明は青と紫 潤んだ女性が窓辺に立つ
たぶんこの数分後には、くんずほぐれずってやつだ
この曲のおかげで後の曲の記憶が霞んだのは言うまでもなく(笑)
気がつくと、そんな女性ばかり描いていた
それは誰かに褒められたいからではなく、自分の思った世界を形にしたいという気持ちだった
別に色気のある人生を過ごしたいわけじゃない
贔屓の歌手たちが歌う世界を自分なりに解釈したのがほとんどだ。
私は色気より食い気という人間なので、イマイチピンとこないのだが、絵のスイッチが入ると何故かその間だけは理解できる
ただどうしてそうなったかは、書いている時にメモっていないと出来上がったら「何が何だか」である。
色の使い方もガン無視してやっていたのでまったく画面がまとまらない。
どうやってもセンスのない配色ばかりだった。
やはり色使いにもセオリーや技術があると、本屋の平積みを読んで衝撃的だった。
三色できれいになる本を読み、試しページの色をスポイトで取り適当に描くと、画面が落ち着いたことに気がついた
立体的じゃないのはなんでだろうと思ったら、デッサンが酷いことに気がついた
そんなことも知らずにいままで20ウン年描き続けていたのだ、わかっていたけど無視していたのだ
ずっと私は誰かに褒められたいから描き続けた、でもさほど努力もせずに、認められたいという信じられない脳みそをもっていた。
だから、絵を描くことに関してはまだ初心者以下
誰かに褒められたいがためのツールにしかすぎなかった
すごく今苦しいけど、楽しさに気づけた
この下半期は、絵を習いに行こうと教室選びをしている途中だ。
デッサン大嫌いだから頑張ってみようかな…
絵の具も使ってみたいなぁ……
これは、本能のままに描いたやつだけど(^_^;)