あの日のアンパンマンの中身はチョコだった

 幼いころの私は幼児にしてはとても渋い味覚をしており、保育士さん達の手を大変煩わせたと聞いた。
 どれくらいの偏食だったのかと言うと、甘いもの全般受け付けなかったらしい。
 受け付けられなかった。と言うのは首を横に振って嫌がるとかではない。
喉を通すと嘔吐したレベルだ。
 三歳の時の記憶で保育園の近所にあるロールケーキの工場(当時はカステラと言っていた)のロールケーキがおやつに出された。
 幼児の特性を見事に出していた私は、何も知らずにかぶりついて咀嚼して飲み込んだ。
 不快感も何もなく、胃に落としたが口から出て来た。
焦ったのは隣に座っていた保育士さん。慌てて紅茶を口に運ばせた。
 が、それにも甘さがあったようで余計に嘔吐。
 いったい何のアレルギーなのか?と思うが、当時のアレルギー認知は牛乳と卵くらいだ。
 しかもそれらは普通に食べられる。ダメなのはおやつの甘味くらいだった。
 なので私のおやつは一人だけせんべいとか、するめとかそういう塩辛いものだった。
 離乳食でさえも甘いものを受け付けず、そのまま少しずつ周りに合わせて食べるものが増え幼児になるころにはようやくパンや甘いものが食べられるようになった。
 のちに母はこの頃の事を「大変だった」と言っていた。
 わずかに残っている幼児の記憶の中で、パン屋さんでパンを選んでいいと言われている記憶がある。私が自ら選んだパンはクロワッサンやバターロールばかりだった。
 甘いものに対しての苦手意識があったのだろうかと今の私は思う。
 しかし、当時の私の中には選択肢になかっただけだった。
 甘味に魅力をあまり感じなかった。もちろんジャムにもカスタードクリームにもだ。
 もちろんチョコレートにも魅力を感じなかった。
 今考えるととんでもない幼児であった。

アンパンマンと味覚

 私が生まれてから数年後、アンパンマンというアニメが始まった。
保育園でも絶大の人気を誇り、絵本の読み聞かせでもよく登場した作品であった。
 当時から関東地方というものは地震が多く、私の心の中での地震の原因はバイキンマンであった。
 それくらいアンパンマンと言う作品は私の心の中で大きな存在であった。
 もちろんこの人気とシンプルなデザインのキャラクターにパン屋が無視するわけもない。
 当時、近所にあったパン屋さんもこのアンパンマンを作って販売していた。
 最初わたしはとても喜んで食べていた。
 多少、チョコで描かれている顔など気にならないくらいうれしかったのだ。
 何故ならキャラクターの通りに「中身があんこ」だからだ。
 いくら食べられる甘味が増えたとしても限られていた。
 その中の数少ない受け付ける甘味のひとつがあんこだった。
 幼児にとって「物語と同じキャラクターが存在する」と言う事は喜ばしい事だった。
 それと同時に、アンパンマンに助けられたキャラクター達の疑似体験でもあった。

 ある日、いつものように母が買ってきてくれたアンパンマン。
 特別お腹がすいていたわけではないが、アンパンマンに元気をもらえるとわくわくした。
 特別アンパンマンが好きではないが、アンパンマンの世界を疑似体験できる。
 ウキウキしながらかぶりついた。
 が、何かが違う。
 ねっとりとしつこく口に絡みつく不快感。
 甘ったるく、強いなにかの香り。
 私は静かにかぶりついたパンの中を見た。
 色が違う、私が好きなソレとは違う。

 こいつはなんだ。

 
「おかあさん、これなに」

 辛うじて聞いた質問。私の異変に気が付いて母親がパンの中を見たが、中身がチョコになっており相当しょんぼりとした私に驚いたのだろう。
 それもそのはず、前述の通り私は「アンパンマンに助けられたキャラクター達の疑似体験をしたかった」のだ。
 それがどういう事だ。中身はチョコクリームになっていた。こんなに酷い裏切りをわずか4歳で、しかもいつも買っていたパン屋さんでされたのだ。
 後日、パン屋に確認した所「餡子はあまり売れない」と言ってチョコにしたそうだ。
 しばらくの間は個数を少なくして餡子とチョコを両方作ってくれていたが、やがてはチョコレートのみになっていた。
 というか、買いに行っても餡子は売り切れている事も多かった。
 聞けば午前中で売り切れているようで、確かに朝イチで買いに行った時には本物のアンパンマンは滞在していた。
 それからも母は私が小学生に上がって、新しいパン屋を見つけるたびに「餡子のアンパンマン」を定期的に探してくれていた。
 しかし見つかることはなかった。
 
 あれから月日はだいぶ流れ、私が生まれた街にも東京スカイツリーが大きくそびえ立っている。
 あのパン屋さんは震災を乗り越えて店の趣を変えて今も健在。
 何と今ではアンパンマンをこしあん一択で販売している。
 
 ちなみに私は、現在も近所のパン屋さんや、少し足を延ばした先で餡子のアンパンマンを探している。
 さすがに仙台のアンパンマンミュージアムまで足は延ばせないが、やっぱりアンパンマンは餡子じゃないと本物ではない。

 もちろん「餡子のアンパンマン」は、なかなか見つけられないでいる。
 


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