《Colorful Days》シリーズ

episode 2【星良の災難な1日】プロローグ

 リビングでギャアギャアといがみ合う二人を前にして、シェアハウス【Felice(フェリーチェ)】管理人の狼谷梅子(かみたに・うめこ)は溜め息を吐いた。
「っざけんな! いいかげんにしろよ、テメェ!」
 先ほどから怒鳴り散らしているのは、入居者の一人・紅本星良(こうもと・せいら)。アルバイトを転々としているフリーターだ。シンプルな白の長袖Tシャツにジーンズ姿で、メッシュが入ったパープルブラックの髪を左目の前に垂らしている。
「そっちこそ、いちいちうるせぇんだよ!」
 顔を突き合わせて言い返しているのは、一ヶ月前に双子の妹と共にフェリーチェにやってきた高校生の三宅直里(みやけ・なおさと)。ランダムに跳ねた明るい茶髪のショートヘアで、今は高校の制服のブレザーを着用している。
 ここは居場所のない異能者たちを保護し、共同生活を送る住居として梅子が個人的に用意した一軒家なのだが、くつろぎの場であるはずのリビングでこうも騒がれてはくつろぐどころではない。
「な、直里くんと星良くん、またケンカしてるの? 今度は何? と、止めたほうがいい?」
 髪を緑色に染めて片目に眼帯をした黒服の青年・柳瀬時彦(やなせ・ときひこ)が、おずおずと二人の様子を伺う。服飾系専門学校に通う時彦は、厨二感の漂う容姿とは裏腹にとても気が弱く人畜無害な性格だ。
「さぁね。どうせ今回もたいしたことじゃないからほっときな」
 うろたえる時彦とは逆に、落ち着き払ってソファーにどーんと構えているのは、時彦と同じ学校の一年先輩にあたる早乙女希以(さおとめ・きい)。いつもロリータファッションに身を包む金髪巻き髪の彼女は、見た目の可愛らしさからは想像もつかない姉御肌で、そこいらの男たちよりもよっぽど男前な性格をしている。
「どうもウマが合わないみたいだねぇ、あの二人。同室にしたのが間違いだったか……」
 今までは、梅子が独断で部屋割りを決めてきて、特にトラブルはなかった。だが、今回は最年長の星良が新入りの直里の面倒を見てくれるのを期待して二人を同室にした結果がこれだ。
 同室にしてから一ヶ月間ほぼ毎日、些細なことでケンカの繰り返し。
「一緒に暮らしてるんだから、仲良くしてほしいけど……」
 梅子の前に紅茶の入ったカップを置いて、朝丘陽出(あさおか・ひので)が呟く。黒髪ショートでマニッシュなパンツスタイルを好む彼女は、希以の幼馴染みでありルームメイトでもある。
「あ、みなさんもよかったらお茶どうぞ、人数分ありますから」
 近所のカフェのホール係として働いている陽出は、穏和な性格をしていてよく気が利き、家事全般が得意。おそらく女子力の高さではフェリーチェでNO.1だろう。
「うんうん、仲良しが一番だよ。俺と時彦くんみたいにねっ」
「えへへ、そうだねっ」
 突然ニュッと現れて時彦と肩を組んだのは、長い金茶色のストレートロングヘアをポニーテールにした桐生風太(きりゅう・ふうた)。まだ高校生ながら既に2m近い長身の持ち主で、その大きな背丈はただ立っているだけで圧倒されるものがある。ただし、栄養が全て身長に持っていかれたのかと思うほど頭は空っぽで、すこぶる人懐っこい性格には威圧感の欠片もない。それが臆病な時彦と上手く噛み合ったのか、ルームメイトとしての関係は良好のようだ。
「ところで直里の妹ちゃんはどうしたの?」
 紅茶を一口啜り、梅子は辺りを見回す。
「泉樹くんとデートだって」
 陽出が希以の隣に腰掛けながら答える。
「へぇー、二人が付き合い始めたって聞いたときは意外だと思ったけど、上手くいってるみたいね」
 希以はミルクだけ入れた無糖の紅茶をゆっくり飲みながら呟いた。
 双子の兄妹である三宅直里・冴里(さえり)がフェリーチェに来て半月後、妹の冴里が入居者の一人でイラストレーターの津ヶ原泉樹(つがはら・いずき)と交際を始めたと宣言したときは皆を驚かせたものだった。
「千詠は……たしか今日はバイトだったか」
 書店員をしている宗方千詠(むなかた・ちよみ)が勧めてくれた本をいい加減読まねばと思いつつ、梅子は紅茶にまた口を付けた。
 管理人の狼谷梅子、入居者は紅本星良・三宅兄妹・早乙女希以・朝丘陽出・柳瀬時彦・桐生風太・津ヶ原泉樹・宗方千詠、以上の十人がこのフェリーチェで暮らしている。
 人数の多さのわりに上手くいっていると思っていた。
 いや、今までが上手くいきすぎていた。複数の人間が集まれば気が合わない者がいて当然、遅かれ早かれいざこざは起こっていただろう。
 問題の二人は今も尚、口喧嘩を続けている。

「怒りっぽいヤツは将来ハゲるらしいぜー、セーラちゃん」
 直里はニヤニヤ笑いながら星良の地雷を踏む。星良が自分の女っぽい名前を嫌っていると知っていながらの明らかな挑発行為だ。
「テメェその呼び方やめろっつったろうがぁ!!」
 星良の怒声がますますヒートアップするのを直里は鼻で笑い、べーっと舌を出して見せてからリビングを出ていった。
「……ったく、これだからガキはキライなんだよ」
 星良は梅子の隣に座り、いつも身に付けている小さなベルトポーチから煙草の箱を取り出した。
 フェリーチェ内では成人の喫煙に関しては制限を設けていない。というのも、梅子自身が星良を上回るヘビースモーカーだからだ。
 星良が箱から一本の煙草を取り、口元に持っていく。
 その先端がオレンジ色に染まっていることに気付いた梅子が指摘しようとしたが、一歩遅かった。
 ボンッと音を立て、煙草の先端が小さな爆発を起こした。
「……!」
 星良の前髪が爆発熱で何本か焦げて縮れている。
 どうやら、直里が自身の異能である色を使った魔術を煙草に仕掛けていたようだ。
「やーい! 引っかかってやんのー、バーカバーカ」
 出ていったと見せかけてドアのすぐそばで様子を伺っていたらしい直里が、ひょっこり顔を出してケラケラ笑う。
「こンのクソガキ! ぶっ殺す!!」
 激昂して直里を追いかけようとする星良を引き留め、肩をポンポン叩いて宥める。
「星良、アンタのほうが大人なんだから、もうちょっと落ち着きな」
「そうだよ、星良くん。みんな仲良くしなきゃ」
 陽出にもやんわり窘められ、星良は直里を追うのを諦めた。
「……クソッ!」
 星良は腹の虫が治まらないのか、足元にあった空のゴミ箱を乱暴に蹴り飛ばした。
「こら! 物にあたるんじゃないよ、星良! ちゃんと戻しときな」
 梅子の叱責に舌打ちをして星良は倒れたゴミ箱を元に戻し、ソファーに座り直す。
 ――根はいい子なんだけどねぇ……
 気が短くて怒りっぽいところはあっても、時彦や風太の面倒はよく見てくれていた。直里と諍いが絶えないのは、やはり相性の問題か。
 もちろん、直里の態度にも大いに問題がある。後でよく言ってきかせなければ――と思っていると、スマホの通知音が鳴り始めた。
 この音は星良のスマホだ。
「仕事か……」
 星良はベルトポーチからスマホを出して画面を確認し、席を立った。
 今は確かウーバーイーツで配達のアルバイトをしているはずだ。注文が入ったという連絡がきたのだろう。
「行ってくる」
「最近この辺にもエタンドルの連中がうろついてるらしいから、気をつけなね」
 特殊な力を持つ異能者たちを目の敵にする連中は少なくない。
 中でも厄介なのが、徹底して異能者を排除・抹殺しようとする組織【エタンドル】だ。彼らは自ら手を下すことなく、人工生命体(クリーチャー)を使って異能者を襲撃してくる。今まで数え切れないほどの異能者たちが死亡、または再起不能に陥れられてきた。
 比較的平和なこの地域でも、被害は増えつつある。
 クリーチャーに対応できる異能を持たない梅子には、フェリーチェの入居者が犠牲にならないよう祈ることしかできない。
「あいよ」
 手を振りながら適当な返事を返す星良からは、さほど深刻には捉えていない様子が伺える。
 皆が口々に「いってらっしゃい」「がんばって」と星良の後ろ姿に声をかける中、梅子は何ともいえない胸騒ぎを覚えていた。

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