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新聞屋さんに惚れた女


高度成長期、個人経営店が
雨後の筍のごとく発生した。

板橋の商店街の一画に、個人経営の小さな新聞屋さんが
開業した。

代表取締役社長は夫の国男で
専務取締役は妻の幸子の有限会社である。
幸子は夫より10歳若い美人である。

発注依頼先は、大手の朝売新聞なので、景気が良い。

収入はかなりあり、従業員にも高待遇で、ボーナスも支給された。

新聞の業務は厳しい。
深夜に朝売新聞から搬送され
それを整理して、散らしを折り込む。
そして、早朝の暗いうちからバイクで配達する。

社長と専務は会社に残り、誤配がないか連絡を待つ。
誤配があれば、社長が配達し直す。

従業員は早く帰れるが、社長と専務は残務整理があるため
業務終了は午前10時過ぎで
食事をとった後に睡眠を取り
午後4時には夕刊の仕度となる。
寝る間も無い程忙しい。
しかし、景気は良かった。

やがて、バブルが崩壊し、個人経営店に不景気の波が直撃した。
ボーナスは遠慮していただいても、従業員の給料は支給しなければならない。
その分、自分たちの収入が減り、生活が苦しくなってきた。

沈みかけた船から鼠が逃げるごとく、妻の幸子は金持ちの男のもとへ男児を置き去りにして駆け落ちした。


板橋病院で看護婦として働いていた優子がいた。
名のごとく、とても優しい性格で、実家は愛媛のみかん農園のお嬢様である。
そんな優子が国男の前に現れた。
お嬢様なので、世間知らずである。
国男のことを不憫に思い、
20歳も年上の国男の新聞屋に飛び込んできた。

お嬢様の優子は、厳しい生活を必死に支えながら、一女まで産んだ。
優子は先妻の子どもを別け隔てなく、愛情を注いで接した。

やがて長男は、高校を卒業し
無事に大山の会社に就職出来て、大山で一人暮らしをはじめた。

時はながれ、
新聞屋は、自転車操業でなんとか乗り越えたが、不景気の波には勝てず、ついに倒産した。

従業員の退職金は、貯蓄で賄ったものの、貯蓄も底をついた。


幸い、小さいながらもマイホームを持っていた。

二人は離婚して、マイホームで国男は朝売新聞の経験から、別の新聞会社の朝刊配達のアルバイトをして糊口をしのいだ。

優子は娘を連れて、実家の愛媛に帰って行った。

国男には、65歳を過ぎれば
ささやかではあるが
国民年金の生活が待っている。

その後の優子の消息は不明である。






           完



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