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「フーテンのトラさん」04(小さなお寺)

みぃ物語(「みぃ出産編」)で登場した『トラさん』の物語


前回はこちら


「トラさん。」
「その漁港にはしばらくいたんでしょ?」
「その頃の話をまた聞かせてよ。」

「タマ、お前もしつこいなぁ。」
「俺の話を聞いたって面白くも何ともねぇだろ。」

「あっ、そういえば」
「ちょっと切ない話を思い出しちまったな・・・」



小さなお寺


漁港から少し山の方へ行った所に小さなお寺があった。
いつの頃からかなぁ、夕方近くになるとそのお寺に行くのが俺の日課になってたんだ。

そのお寺の前には車1台がやっと通れるくらいの細い道があってな、
いつもその道を渡ってお寺の門から入っていくんだ。

お寺の少し山手に行ったところには高校があったんだけどな、
お寺の前の道はその高校の通学路にもなってたんだ。

少し坂になっていたから下校する時なんかは、高校生はそこそこのスピードで自転車で駆け抜けていくんだ。

ある時よ、
門から出た瞬間に目の前を自転車が通って行ったんだ。

あぶねえじゃねえか!

って叫んだ時には自転車はとっくに行っちまってたがな。

こんなことだったら、いつかは轢かれてしまうかもしれねぇから気をつけないとな、と思ってたんだが・・・

それがよ、
自転車じゃないんだけどな、
そんな心配が現実のものになっちまったんだよ・・・

* * *

いつものようにお寺の前の道を渡ろうとした時、お寺の門の前に横たわっている猫の姿があったんだ。
まだ大人になっていない、この辺りでは見かけない子だった。

ピクリとも動かない。
目立った外傷もないのだが、どうしたのだろう。

俺は心配になってその子に近づこうとした、その時。

目の前を自転車が通り過ぎた。
垣根で死角になっていて、俺が見えなかったらしい。

それにしても横たわっているあの子は見えたはずだろっ!

あぶねぇじゃねぇか・・・」

キキーッ』

そう言い終わるか終わらないかで、その自転車がブレーキをかけて止まった。

音がした方を見ると、自転車から高校の制服を着た青年が降りてきたんだ。

そしたらよ、急いでぐったりしている猫の所に戻って来たんだ。

その青年は手のひらにその子の頭をそっと乗せて顔を覗き込んでいるようだった。

それでもピクリともしないその子。

そしたらよ、
おもむろに青年は猫を抱き上げ、お寺の敷地に入っていったんだ。

お寺の庭のほとんどには砂利が敷かれていたんだがな、青年は木の根元の草が生えている上にその子を寝かせてくれたんだ。

俺は少し離れたところからその光景を見ていてな、

「おい、この子は大丈夫なのか?」

って聞いてみたんだ。

高校生は俺の方をちらっと見たんだが、俺の言葉は通じなかったらしい。
踵を返してお寺の建物の方に歩いて行っちまった。


しばらくすると、寺の住職らしき人と一緒に戻って来た。

住職はぐったりしている子に近づき、少し触ったりしていた。

この子はどうなったんだろう?
気が気じゃなかったから固唾をのんで見てたんだ。

「残念ながら、もう亡くなっているね。」
「車にはねられたのかもしれないね。」
「当たり所が悪いと、外傷がなくても亡くなることがあるんだよ。」

住職は、高校生に説明しだした。

「そうなんですか。」
「この子、どうしてあげたらいいでしょう?」

高校生は残念そうに言った。

住職は、

「ここらでは見かけない猫だね。」
「私がお墓を作ってあげるので、任せなさい。」

すると高校生は、

「お寺に動物のお墓は作ったらいけないって聞いたことがあるんですが、大丈夫ですか?」

と聞いたんだ。
多くのお寺では寺の中に動物の墓を作るのはご法度とされてたからなぁ。

「お寺のお墓と同じ所には難しいけどね。」
「私はこの敷地に住んでいるから、うちの裏に個人的に埋めてあげるから大丈夫だよ。」

とのこと。

「君は動物が好きそうだね。」
「一緒に来て、この子を埋めてあげるかい?」

「あっ、はい。」

と、その少年は住職の後にについて行った。

俺も後からついて行ったんだ。


裏庭みたいな所に着いたら、

「このあたりに、埋めてあげようか。」

と住職。

その場所には、いくつか札のようなものが立っていた。

あれはかまぼこの板だぜ。
ほんのり魚の匂いが残ってたのがあったからな。

ハナコのおはか

カエルのおはか

ハトの墓

仔猫の墓

スズメの墓

ハナコってのは、住職の娘さんが飼っていたハムスターなんだって。

他は、お寺の敷地の中や前の道路で亡くなっていた子の墓らしい。
その横に新しい穴を掘って墓を作ってくれたんだ。

住職は家から板を持てきて、

「お墓の名前、何にしてあげようか?」

すると高校生は、

「何がいいですかねぇ?」
「『猫の墓』だと何だかかわいそうですよね。」
「三毛猫だから、『ミケちゃんの墓』にしてあげましょうか。」

「そうだね。」

こうして、その子の墓の上には

ミケちゃんの墓

と書かれたかまぼこ板の墓標が立てられたんだ。

良かったなぁ。
最後に名前まで付けてもらって。

無念だろうけどよ、
みんなと同じ所に墓を作ってもらったからな、
向こうへ行ったらみんなが待っててくれてるさ。

寂しくなんかないぜ。

おわり

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