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レンタルビデオ店 最終話

僕たちの復讐
「来ました」
哲が自動ドアからレジカウンターに戻ってきた。
「よし。準備はいいですね?」
僕の問いかけに、哲が頷いてから言った。
「モチのロンです。ねえ、店長?」
「やるのぅ」
乗り気ではない口髭店長。
「あれだけやられたんすョ? やり返さないのなら、僕は今日でバイトを辞めます」
哲がレジカウンターのテーブルを叩いた。確かに哲の言う通りだ。臼井と角刈りの子分2人にボコボコにされ、さらに店内も滅茶苦茶にされたのにも関わらず、店長は消極的だ。
確かに僕もお店にかかってきた電話のディスプレイ画面の表示が臼井だったのを見て、電話に出なかったのも原因の一部だと思う。それでも本末転倒。人に怪我を負わせて平然としている臼井は、やはり常軌を逸している。ゴキブリ以下だ。
「落ち着け、哲。これが終われば全てが解決だ。店長、やりますよね?」
僕の言葉に店長は小さく頷いた。

自動ドアが開いた。
臼井と角刈りの子分2人も一緒だ。
「髭店長。取りにきたでぇ~」
テンションが高い臼井。
レジカウンターを挟んで3対3で対峙している。臼井は小柄だが、臼井の両脇にいる角刈りの子分2人は190センチ近くある巨体の持ち主だ。
右側の角刈りがDVD棚を掴んだ。
「やめとき! 今日は大人の会話をしにきたんや。のう髭店長」
臼井がにやついた。ヤニだらけの黄ばんだ前歯が露わになった。

僕は一度、大きく深呼吸をした。
「よし。行動開始!」
僕の号令と同時に、店長と哲がゴーグルを装着した。
僕はレジカウンターの下から水鉄砲を取り出した。
「オイオイ兄ちゃん、その鉄砲じゃ蚊ァも殺ろせんど」
臼井の言葉に大爆笑をしている角刈りの2人。これはチャンスだ。
僕は3人めがけて水鉄砲を噴射した。
「おう。冷たくて気持ちええわぁ………アイテテテッ」
臼井がその場に蹲った。そのあとで両隣の角刈りも蹲った。
「見たか。これが催涙スプレーならぬ、青唐辛子スプレーだ!」
僕は力の限り叫ぶと、ゴーグルを装着した。
先日のお昼休み、僕は中華料理を食べに行くも定休日だった。急いで自宅に戻り青唐辛子入りのチャーハンを作った。その際、青唐辛子の成分が付着している手で目元を触ってしまったのだ。すると物凄い激痛に襲われたのである。
そして今回、僕は水鉄砲の中に青唐辛子10本をみじん切りにして入れ、かつ水の代わりにお酢を入れている。
これでしばらくの間、3人の目は開かないはずだ。

「ナイスです、TAKAYUKI君」
哲が手前で渦埋まっている角刈りを起き上がらせると、背負い投げをした。
角刈りが床面に叩きつけられた。
「こないだの借りだ。角刈り!」
哲が叫んだ。さすがは柔道3段。キレが違う。次いで哲はもう一人の角刈りも投げ飛ばした。DVDの棚が倒れた。
「臼井。最後はお前だ」
「ままままま、まて。目ェが開かないんじゃ」
「うるさい!」
哲が臼井を持ち上げた。哲はそのまま臼井を投げ飛ばした。臼井が僕めがけて飛んでくる。僕はひょいと横に避けた。臼井はテレビ画面に当たった。テレビ画面に亀裂が入った。そのままレジカウンターにワンバウンドした臼井は床に転落した。
「店長」
僕の呼びかけに店長は突っ立ったままだ。最後は店長がやるのだ。じゃないとまた臼井はやってくる。
「店長、今しかないッス。早く」
哲の呼びかけにも店長は動かない。ずっと床面を見ている店長。それはまるで親に怒られて不貞腐れている子供のようだ。そんな店長を見て僕はイラっとした。
「おい口髭店長! 何をボーっとしたんだ。このアニメオタクのロリコン野郎がッ」
僕は腹の底から叫んだ。
「ううぅっ」
店長が声を漏らした。
「い、いくら何でも言いすぎだよ、TAKAYUKI君………」
店長はゆっくりとレジカウンターから出ると、うずくまっている臼井の前に仁王立ちした。
「臼井さん、ご来店ありがとうございます。お約束通りお持ち致しました」
臼井が顔を上げた。臼井の両目は腫れあがり、ほとんど開いていない。
「あっ………髭野郎…もう十分やろ」
臼井が白旗を上げた。
「そうは問屋が卸しませんよ、臼井さん」
店長がDVDケースで臼井をビンタした。ベチッと鈍い音が店内にこだました。
「いたッ。おい…痛いやないか」
「うるさいのよ!」
店長がもう一度臼井をビンタした。臼井が床に倒れた。
店長が手にもっているのはDVDケースだけど、鉄製のDVDケースなのだ。金持ちの中村のおばちゃんの旦那さんに依頼して作製してもらったのだ。旦那さんは某鉄鋼メーカーの社長。年収はゆうに5000万円を超える成功者だ。せっかくなので10枚も作ってもらった。
だから痛くて当然なのだ。

その後、店長は角刈り2人もビンタしていった。
「堪忍や…もう堪忍や」
臼井と角刈り2人が自動ドアへ向かった。
「TAKAYUKI君、あいつら逃げますよ」
僕は臼井たちの背中に向かって言った。
「大丈夫だ、哲。あいつらに逃げ道はない」
僕の声と同時に自動ドアが開いた。
「やっと思いっきりシュートが打てる」
美桜がサッカーボールを持って立っていた。
「なんじゃアマ。どけ」
臼井の言葉に美桜の目つきが変わった。
「なによ、真っ赤な目をしたおじいちゃん!」
美桜は叫ぶと、パントキックした。ゴールキーパーが両手で持っているボールをそのまま蹴る、あのパントキックだ。
バチンと音がして、角刈りの顔面に命中した。角刈りが倒れると同時に、DVD棚も倒れた。

「次!」
美桜の号令でボールが出てきた。
「あんたもよ」
美桜のパントキックがもう一人の角刈りのみぞおちに命中した。角刈りがその場にうずくまった。
「もうええやろ。十分やろ」
臼井がこちらに向き直った。先ほどより、もっと両目が腫れている。
「悪かったわ。なあ髭店長、なあデカい兄ちゃん、なあ水鉄砲の兄ちゃん、もう…もう堪忍してくれや…」
臼井が嗚咽を漏らした。なんて無様な姿なんだ。情けない。
美桜と目が合った。僕は大きく頷き返した。
「こ、これが、私の引退シュートよ!」
美桜が右足でインステップキックを放った。
ボールは振り返った臼井の股間に命中した。
美桜のシュートは、先日見た男子中学生とのゴールシーンを彷彿とさせた。
「ナイッシュ!」
僕の声に、美桜はガッツポーズで応えた。

15分後、警察がやってきて、臼井と角刈り2人は連行された。
防犯カメラ2台は壊されたけど、店内の映像はちゃんとDVDに収録されていたので臼井たちの犯行が認められた。また僕が臼井との電話の際に押した赤いボタンは録音開始のボタン。そちらも証拠として提出した。
僕はただ、警察を呼ぶ前に仕返しをしておきたかったのだ。ただそれだけなのだ。
店内の電話が鳴った。
「あらTAKAYUKI君。見事に決まったのかしら?」
「やりましたよ、中村さん。あの鉄製のDVDケース、本当に役に立ちました」
「そうでしょ。私の旦那はねえ、凄いのよ」
この後20分間、中村のおばちゃんの自慢話に付き合わされた。
滅茶苦茶になった店内については、中村のおばちゃんの旦那さんの弁護士が対応してくれる事になった。全て元の状態に復旧できると、中村のおばちゃんが力強く言ってくれた。
だけどそれまで、お店は休業となる。

「TAKAYUKI君、ありがとう。だいぶ楽になったよ」
店長がボソッと言った。
「いえいえ。僕の方こそ失言をお許し下さい」
僕は店長に向かって深々とお辞儀をした。さすがにアニメオタクのロリコン野郎とは言い過ぎた。反省しなければならない。
「どうかな。ご飯でも食べに行こうか?」
店長が恥ずかしそうに言った。
「いいんですか?」
アルバイトを始めて10ヶ月。初めて店長が誘ってくれた。
「かまわないよ。哲君も誘ったら」
「ありがとうございます。もう一人誘ってもいいですか?」
僕のお願いに、店長がニヤけながら頷いた。
「哲、飯食いに行くぞ。美桜も行こう」
哲と美桜がハイタッチをした。いつの間に仲良くなったのだろう。
何かあるといけないので僕は美桜のチームメイトを7人呼んでおいたのだ。彼女たちも誘って行こう。

レンタルビデオ店を出た僕たちは、夕日に向かって歩いて行く。今日の夕日は一段と茜色に染まっていて美しい。道幅一杯に広がって歩く11人。あの有名なドラマのシーンよりも、僕たちの方がカッコよく映っているはずだ。
店長が奢ってくれる店だから、きっと安いチェーン店だろう。だけどこれは僕たちの慰労会でもある。できれば清潔感のある料理が美味しいお店がいい。
「ここだよ」
店長が建物に向かって指をさした。
「噓でしょ?」
哲の声が裏返った。
「TAKAYUKIさん、あり得ないんですけど…」
美桜が落胆の声を上げた。
店長が選んだ店は、熟女メイドカフェだった。
「店長………まさか熟女がお好きなのですか?」
僕の問いかけに、店長が破顔した。
「TAKAYUKI君、僕はロリコンじゃないから、あの時の言葉は訂正しておいてくれよ」
店長が熟女メイドカフェに入って行った。
「みんな逃げるぞ!」
僕の声掛けに、みんなが一斉に走り出した。
僕たちの笑い声が、夕日を追い越していった。


【おしまい】

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
誤ってデータを削除してしまいましたので、2度目の投稿となります。
大変失礼致しました。

今後ともクスッと笑えるエッセイや小説を書いて参ります。
ご意見、ご感想もお待ちしております。


【了】

https://note.com/kind_willet742/n/n279caad02bb7?sub_rt=share_pw

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