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熱狂を(共に)ハチ北に、新しい0→1。

HACHIKITA RIOTが無事終了しました。ご来場ありがとうございました。

月を見ながらの移動

金曜夜、なんだかんだ名古屋を出たのが21時過ぎ。道を間違えたりもしつつ、ハチ北に着いたころには深夜2時でした。

(ライブなどの写真はのちほど田中さんのを)


ムッティーの家でそのまま朝5時くらいまで飲み、気だるい身体のまま8/26へ。HACHIKITA RIOTの日。

前の週の盆踊りが台風で中止に。盆踊り、その後わかることなのですが、もうめちゃくちゃ難しくて。その踊りを子どもたちが練習していたらしく、台風で中止になったものの"子供たちのためになんとか開催したい"ということで・・・紆余曲折あり、僕らのイベントと同じ日・同じ会場での開催となりました。僕らにとってはとてもありがたかったです。祭りも見れるし。

タイムテーブルも、突然の雨などで本来の予定と入れ替えもあり、盆踊り(地踊り)→KINEMAS の予定が、KINEMAS→盆踊り(地踊り)に。これが逆に良くて、いい流れで盆踊り(地踊り)に入ることができました。


HUBのフロント。うっすんさん「1980」のコーヒーとともに。


今回の会場「HACHIKITA U BASE(通称HUB・ハブ)」は、ハチ北フェス2023の前夜祭会場(元々は「グリーンパークハチ北」というキャンプ場でやる予定が、雨で急遽HUBに変更に)。

前夜祭には出演してなかったけど、遊びに来てた僕らがたまたまそれを見て。ここならKINEMAS発信のライブイベントもできるのでは?と、実験的に開催したイベントが今回のHACHIKITA RIOTでした。

企画も実行も名古屋YAGURA組の協力の元、KINEMAS&YAGURA&NOZOMI YAという、自分の活動の全てを集結させたような布陣での開催。


突如はじめた初の試みなので、行政のサポートや、勿論補助金なんてものもなく。全く初めての企画を、遠方から、しかも投げ銭(チップ制)で。

どこまでやれるのか?という不安ともに、ワクワクもありました。

それを二つ返事で進められるメンバーや、ハチ北に移住したムッティーが作ってきたハチ北での(きっとあるであろう笑)信頼や実績。

そういうものの結晶と、YAGURAや様々なツアー等々を乗り越えてきたチームの強さを感じて、とても誇らしい時間でした。

そしてそれを、ハチ北フェスをきっかけに出逢った沢山の人達、特に地元の人達がサポートしてくれて。ライブも、曲はもちろん、パフォーマンスも知ってくれている土壌がそこにありました。

DJひじきも、タイラキタも、僕らへのリスペクトを表してくれて。僕らもそれに応えないと。と思って、心込めて演奏しました。

特に、ハチ北に移住したムッティー・田中さん、そして慶司さん(ハチ北フェスの手伝いをムッティーと共にやってました)のハチ北への思いは強くて。

3人にもKINEMASのメンバーとしてYAGURAの活動をサポートしてもらっている分、自分もここ・ハチ北に、微力ながら、何か貢献できることがあればいいな。という気持ちもありました。


大阪から香美町(かみちょう)へ移住した、という方が、僕らの「ミッドナイトハチ北」ロンTを買ってくれました。他の地元の方にも手に取っていただけて嬉しかったです。

名古屋・大須でやりはじめたことが、兵庫県の山奥にもリンクしている。そう思うだけでグッときました。


フード担当してくれた、みすずさんのルーロー飯もめちゃウマでした。一緒に7月の台湾も行ったので、より感動でした。台北「天天利」の目玉焼き乗せをアレンジ。試食の時よりさらに美味しくて、余計感動しました。明日も食べたい。



ライブ後、打ち上げはいつもの「さかえ」で。打ち上げはそっと帰りました。遠くから聞こえる、みんなの笑い声を聞きながら帰る時の感じが好きです。

この、誰もいない通路やロビー、ちょっと寂しいけど、なんかグッときます。


ライブのMCで、打ち上げの会場で。色々話させてもらいました。このイベントのこと。ムッティー・田中さんの移住のこと。そしてこれからのこと。

フェスの時よりしっぽり呑めたおかげか(人多いからねフェスは。それが楽しいんだけど。)、ハチ北やその周辺に住んでいる先輩方と沢山話しました。みなさん町の未来を考えていて。とても感動した、と、僕らに沢山声をかけてくれました。

岐阜県高山市・荘川(しょうかわ)でのYAGURAの経験が、確実にハチ北にも生きていました。関係人口の話から、特産、強み弱み。荘川の人達とも向き合っているようなことです。

↑荘川の方々と僕らとのドキュメンタリー。是非ハチ北の方にも見てみてほしいです。



自分なりの”ハチ北プラン”
みたいなものもみんなの前で話せて、その感触もダイレクトに感じられて。感じることが沢山ありました。

ハチ北フェスがなければ産まれなかった、その子供たちのような出来事が沢山この街に産まれることが、なによりも大きな恩返しになるのでは。

荘川(しょうかわ)での活動と重ねながら、もし僕らにできることがあれば、これまで受けた御恩以上に、ハチ北にお返ししていきたい。それが原動力です。


但馬大仏・川会山長楽寺。村岡区。めちゃでかい。


翌日・8/27日曜。この日は夕方まで各々作業をしてから帰る予定でしたが、予定を変更して香美町の他の地区を見に行くことに。

「香美町内の地区がより繋がっていくといいな」という話を都度聞くものの、他の地区ってどこ?と、具体的なイメージがついてなかったので、一度ちらっとでも見てみた方がいいな。と思い、ハチ北から北へ行き、日本海側まで行ってから名古屋へ帰るルートを選択しました。

ここで、ネットで検索した香美町(かみちょう)情報を。

「香美町は兵庫県北部に位置し日本海に面する。東は豊岡市、南は養父市、西は新温泉町、鳥取県八頭郡若桜町。隣接する中都市の豊岡市や鳥取市は通勤圏である。

海と暮らす、香住(かすみ)。
海とともに生き、海とともに暮らす。山陰有数の漁港・香住港をもち、香住ガニ等の水産品が有名なほか、水産加工業も盛ん。海沿いに漁師町が広がる一方で商業施設や行政の中心でもある。

文化香る町、村岡(むらおか)。
江戸時代に城下町として栄えた村岡。旗本山名氏が構えた陣屋や、武家屋敷などの情緒が残る町中。上級者の集うスキー場で知られる山岳。大規模農家や企業拠点からなる文化と経済の中心地。

美しい里山、小代(おじろ)。
美しい棚田が広がる里山の風景。「日本で最も美しい村」連合に加盟する他、区内の各所を巡る「みかた残酷マラソン全国大会」等多彩な企画を打ち出す。和牛のふるさとであり畜産を含む小規模農家の多いまち。


・・・この3つの区から成る香美町。ハチ北フェスのある場所は村岡区になります。

小代も香住も行ったことが無かったので、まずはムッティーの家のある村岡区を出発し、小代区の「手打そば藤村」でお蕎麦を。その後村岡区の「但馬大仏・川会山長楽寺」へ。大仏の大きさに圧倒されました。


めちゃくちゃでかい


そこから北上し「香住駅」へ。この時点でもうあまり時間がなかったので、取り急ぎ「活魚館」というところで海鮮丼だけでも食べれないか、と向かったもののお休み。漁港を少しぶらついて帰りました。


香住漁港西港


漁港ってPVっぽさあるよね


18時くらいに香美町を出て、名古屋大須に着いたのが22:30くらい。4時間半くらいで着いたかと思うと、結構早かったですね。みんなで片付けをして、家に着いたのは遅い人で深夜1時くらいだったのかな。みんなありがとう。

これから僕らは、10/7-8開催のYAGURAの準備のために、ほぼ毎週末現地・岐阜県高山市・荘川(しょうかわ)へ通います。名古屋からは片道約2時間の距離。

ここにも、KINEMASがいなければ産まれなかった、僕らが大事に薪をくべているような熱狂があります。是非一度香美町の方にも遊びに来てほしいです。多分ムッティー泣いちゃうな笑。



日本海側、石川県出身の自分としては、やっぱり日本海っていいな。と思いながら見てました。

その場にいた時よりも、帰ってきて、シャワーを浴びたあとから、なぜか香美町が恋しくなってます。どこか町並はノスタルジックで、海の物も山の物も美味しくて、歴史的な場所が沢山ある町。ちょっとグーグルマップを見てみるだけで、面白そうな場所が沢山ありそうです。

下のマップ、ハチ北スキー場スタートにしておきました。是非そこから北上しつつ、マップ見てみてください。


次のハチ北の予定はまだ決めてませんが・・・またタイミングをみて、何か開催させていただきたいです。みなさんまた力貸してください。

その前にまずはYAGURAをバッチリ仕上げて。ラスト約一ヶ月、走りきりたいと思います。



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