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花の意味

花が、こんな風に咲くなんて知らなかった。

風に揺れる花は、とても綺麗。

本当に、綺麗だ。

母が植えた庭の花は、いつもそこに咲いている。
当たり前の顔をして、咲いている。

そんな気がしていたのに。

わたくしは、花が咲くまで、その姿を知ることは、なかった。
その意味を知ることは、なかった。




喉の奥の水分が、急に全部なくなってしまった気がした。

ドクターの声は、はっきり、明確だったのに。
言っている意味が、わからなかった。

「・・・・はっきり申しあげて、とても危険な状態です。
お父さんは、肺に問題がありますから、
自発呼吸が難しくなるかもしれません。
その際、気管切開という手段がありますが、それをやると
話すことは一切できなくなります。

余命は・・・少し伸ばすことができますが。

・・・・ご家族のご意見としては、いかがですか?

どうされますか??」

母の低い嗚咽が部屋に響いて、ドクターは、返事を待っている。

「お母さん」

横に座った母は、急に小さく、肩が震えていて
答えを出せない。

自分のことなら
苦しくても
哀しくても
つらくても。

しっかりしなければならない

しっかりしなければ、ならない

わたくしが

しっかり、しなければ、ならない。

そう思うのだけれど、喉の奥に何か熱いものを
ぎゅうっと押し込まれているようで、

声が、出せない。

いや、出したく、なかった。

父は癇癪もちで短気な人だった。

その機嫌は、猫の目のようにくるくる変わって
半分喧嘩のような時間が流れることも、珍しくはなかった。

だけれど、救急搬送されるたび、わたくしは、
どうぞドクターに、看護婦さんに、
父が大事に扱われますように、と思うのだった。願うのだった。

父が上手に伝えられないこと

家では、「もう~~~」の一言で、叶えられている様々な事。

小さな、事。

きちんと父が、伝えられますように。

父は、癇癪を起さずきちんと伝えられるだろうか。

そう思い、願い、毎日病院への道を歩いて、看護婦さんに、頭を下げる日々。

父は、父なのに
いつの間にか
子供のようだった。

「・・・どう、なさいますか?」

母は、いつもは気丈な母は、

答えなかった。

答えられなかった。

「・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・見送る時は
・・・・・・
・・・・・・自然な形でと、
・・・・・・・・・思っています。」

ふり絞るような思いで、そうわたくしが答えると

「・・・そうですか。」

お母さんは?というように

ドクターの視線が、母の方にむく。

「・・・・お母さん、・・・いいね?」

母は、小さく頷いた。

しっかりしなければならない
しっかりしなければ、ならない

わたくしが
しっかり、しなければ、ならない。

そうして、父は、わたくし達が、そんな会話を交わしていたことも知らず
奇跡的に生還した。

「・・・良かったですね。」

ドクターは、言う。

けれど、その何か月か後、
わたくしは、結局、最後の決断をすることに、なる。

難しい状況になった時、家族が困らぬように、
自分の決意を文書にしたためておくことが大切だとTVのキャスターが
訳知り顔で話している。

本人の決意があっても、その決意を知っていても
・・・と、わたくしは、思う。

自分のことなら
苦しくても
哀しくても
つらくても。

思い返すたびに。




花は、とても綺麗。

本当に、綺麗だ。

わたくしは、花が咲くまで

本当の
その姿を知ることは、なかった。

その意味を知ることは、なかった。

ああ、

本当に

綺麗だ。

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