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父の時計

父は
時計が好きだった。

というか
若干
フェチの様相を呈していた。

男の人の方が
収集癖があるって言うけれど
本当かもしれないね。

1分でも遅れてはいけないのだと
竜頭を巻いていた姿
今も目にうかぶ。

身体が思うように動かなくなった頃
弟が来て、そのささやかなコレクションを欲しがった時
父は、「ああ、好きなものを持っていけ」と、とても嬉しそうだった。

だけれども
何日もしないうちに

「tonchiki、時計が欲しいんだが」

はあ~~???
と、わたくしは思った。

「何を言っているのよ
全部やったわけじゃないでしょう??
まだ時計はあるでしょうよ。

大体
部屋には2つも3つも、置き時計、掛時計あるじゃない。

そんなに何個も必要ないでしょうに」

昼夜逆転生活で、体も気持ちも余裕のなかったわたくしは
邪険に言ったんだったよ。

「もういい。頼まん!」

わたくしがプレゼントした、ORISの時計だってあるじゃん。
それじゃダメなの??

「・・・・・」

まったく何に使うって言うのよ。

時計時計って・・・一つで充分じゃん。

「もう良かって言いよろうが!!」

良かなら最初から言わんとって!!

そんなやりとりのあと

バカなわたくしは
ハッとした。

痩せた
父の手首で
くるくる回っている腕時計。

ああ、
メタルのバンドだと、あたって痛いんだ。

握力がなくなってきていた父の力では、
竜頭を回しても、うまく回せていないこと。

数字だって、目がとぼしくなっている身では、デザイン性より
「はっきり」ってのがありがたいんだね。

そうか

そういうことか。

そういうことなのかと
思った。

「・・・はっきり数字がわかる奴がいいよね?」

「・・・・ああ。
・・・・高くなくてもいいんだ。」

「わかった。探してみるよ」

また何日かすぎて
我が家にデパートの通信販売のチラシが入った。

ほら
これはどう??

竜頭巻かなくてもいい、自動巻でソーラータイプだよ。

「ソーラーって??」

電池交換とか、気にしなくていいってこと。

「おお、そうか。だったらお前も楽だな」

そうだね。交換おつかいに、行かなくていいからね。
数字もはっきりしているしさ。ま、シチズンだし。

「ああ、これは良さそうだな!」

ね?
会員特別価格で9800円なんて、お値段お手頃だしさ。
あ、でも、安いからすぐダメになっちゃうかな??

「いやいや
デパートも看板にかけて、そんなに変なものは出してこないさ」

アハハハハそうかもね。

そうして、届けられた
1本の腕時計。

「今、6時32分・・・間違いないな」

何度も
何度も
確認していたのは

自分の命の時間を
確認していたんだね。

今なら
わかる。

その切なさを

ぎりぎり

ぎりぎりなところで
かろうじて

気が付くことができて、
良かった。


わたくしの腕に、ベルトを替えて付けられ動いている父の時計。

決して
お洒落でも
高価でもない

ありきたりの
時計。

他にも自分の時計はあるのに、あるというのに
つけなくなったなと、ひとりぼんやり思いながら、
身につける。

ふ。

普段はつましい暮らしだけれど、何か家族の買い物時には
「上等のものを買いなさい」
って言っていた父が

最後に買った時計。

安物だけど
しっかり動いているよなあ。

耳元で
声が
聞こえる

「いやいや
デパートも看板にかけて
そんなに変なものは出してこないさ」

ほんとうに
そうだったねえ。

お父さんの
言う通り、だったねえ。

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