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1、はじめに

1、 はじめに

 「もう健常者とは仕事をしたくありません。」と目を真っ赤にして当時18歳の従業員カナコが泣きながら私に言った言葉が忘れられない。  
 平成24年、沖縄市泡瀬にある焼肉バイキングの店「キングコング」は経営難が続いていた。大通りから離れ立地が悪い上に、焼肉バイキングという古い業態は地元の客からも少しずつ忘れられようとしていた。この苦しい状況で父親から代替わりで社長に就任した砂川恵治は、「これからの飲食店は客も従業員も大切にできなければ成り立たない」と障害者雇用を始める事を決意する。キングコングでその取り組みが始まろうとしている時、中心的従業員だったカナコは強く反対し、その影響力はかなり大きかった事を記憶している。社長自ら何回も説明と説得を繰り返し、現場の合意を取り付けて障害者雇用は始まった。
 最初は障害者従業員と健常者従業員が正に水と油のように解離し、お互いにどう関わっていいか分からない状況で、コミュニケーションはぎこちなく、仕事はもちろん全くはかどらなかった。この状況を打開する為にまず取り組んだ事は、障害者従業員と健常者従業員がペアを作り2人1組で仕事をするということだ。さらに、お互いの仕事で気付いた点や、ペアの良かった所を探しあう事を毎日行ってもらった。この取り組みを始めてからというもの、カナコはペアの長所を多く探し出し、そしてそれを皆に広めていった。当初、カナコが障害者雇用に消極的であったのは、障害者に対するネガティブなイメージが強かったからだった。怖い、何考えているか分からない、一緒に仕事なんかできない・・・と。しかし、そういったネガティブなイメージが強ければ強いほど、少しのできる事の発見から得られる喜びは大きいように見えた。カナコはどんどんペアの良い所をみつけていった。長所が引き出されると、業務が効率化するのは当然だ。さらに、ペアの関係は良好となり、職場の雰囲気は良くなり、仕事が楽しくなるという現象が起きた。あれほど嫌がっていたカナコはいつのまにか仕事のパートナーとして、どんどん多くの業務をペアと共にこなしていくようになった。
 そんなある日、カナコはペアである障害者従業員にたったいま業者から納品された商品の検品作業について教えようとしていた。ふいに目の前の業者の男性は「日本語しゃべれるようになってから検品させろよ」と笑いながら言い放った。カナコは唐突に言われた言葉に反応ができず、空笑いをしてその場をやり過ごしてしまい、その直後すごく複雑な気持ちになった。こんなにも自分が頼りにして仕事をしているパートナーが侮辱された事と、その場ですぐに何も返せなかった自分に対する怒りであった。もしかしたら、つい最近まで自分もその業者と同じ立場だったのかという気づきも何らか感情を揺さぶったのかもしれない。その日の夕方、私と会った時にカナコが言った一言が冒頭の「もう健常者と仕事をしたくありません。」だったのだ。この一言にはどんな意味が詰まっていたのか、今でも私はずっと考え続けている。それだけ衝撃的な一言であった。私は、カナコから素直に出てきたこの言葉が大好きだ。健常者と仕事をしたくないというのは、冷たい関係性の中では仕事をしたくないという強い意思だ。障害者なのか健常者なのかは重要ではなく、温かく、相手を尊重できる関係性の中で仕事がしたいという叫びだったと思っている。 
今はっきりと思う事は、障害のあるなしではなく、色々な立場の人が共に働くなかで生まれる相互理解と成長の喜びこそが「豊かさ」そのものであるという事だ。 障害者雇用には、効率化ばかりを考えてきた日本企業にとってストレスになる事が多く内在するが、そういう時こそ一度立ち止まって相手の世界観を感じようとする事を実践してほしい。その瞬間、なんとも言えない強い生きる力が沸き上がって来る。障害者雇用は、法定雇用率を満たす為やCSRの為に実施すると形骸化しやすく、そこに携わる人は疲弊してしまう。何より、雇用された障害者は障害者のままになってしまう。どうせなら、共に働き、戦力化し、豊な企業文化を作るという方向を考えてみませんか? キングコングの7年間で行った様々な事をここにまとめ、今後の障がい者雇用を行う企業の方々に何らかの示唆を与えられたら幸いである。

#キングコング #KINGKONG #焼肉 #障害者雇用  

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