止マレナイ(ショートストーリー)

冬吾は走っていた。

なぜ走っているのかもわからないまま、走り続けていた。

誰かが追ってくるわけでもなく、どこかへ行こうとしているのでもないのに

彼は走り続けていた。


(……そういえば、いつから走ってるんだっけ……?)

汗がしたたり落ちる頭で呼吸の合間に考える。
そういえば、ずいぶん長いこと走り続けているような気もする。

(……立ち止まって、いいんだっけか)

誰かの許可が必要なのだろうか。

それとも、自分が決めてしまってよかったのだろうか。

それすら、思考がぼんやりとして見当がつかない。


(立ち止まってみようか……)

そう思った瞬間

冬吾の後ろに【何か】が現れた。

それは、大勢の軍隊のようにも見えたし、異形の怪物のようにも見えた。

「ひいっ」

ちら、と後ろを振り返ってから、彼はペースを上げた。

捕まったらどうなるのだろう?

わからない。

でもきっと、恐ろしいことになるに違いない。

それは嫌だ。絶対に嫌だ!

そう思って彼は疲れを押して走り続けた。


振り返らないように

後ろのものを見ないように

何か聞こえてくるような気がするが、それも意識の外に追いやりながら

彼はひたすら走り続けた。




やがて彼は疲れ果てて、ぺたん、と座り込んでしまった。

「ハッハッハッハッハッハッ……」

荒い呼吸がなかなか整わない。無理もない、走り通しだったのだから。

目の焦点が合っていない。

いや、そもそも彼には今まで何かが見えていたのだろうか?

やがて朦朧とした意識の中、彼はばったりと倒れて

そのまま眠ってしまった。




冬吾は目を覚ました。

ぼんやりとした意識の中をしばらく泳いでいたが

急に意識がはっきりした途端

がば、と弾かれたように身を起こすと

彼は何かから逃げるように、また走り始めた。


誰かとすれ違ったような気がするけれど、それどころではない。

彼は必死に走った。

走って、走って、走り続けた。

恐れと焦りで憔悴しきったその顔からは

喜びや微笑みは微塵も感じられなかった。



仮に誰かが「なぜ走っているの?」と聞いたとしたら

彼はこう答えただろう。

「わからない。でも、ともかく走らないといけないんだ。」




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?